母娘による美しく愛情深いデュオ
『Imagina』はスペイン・カタルーニャの卓越した女性クラシックギタリスト、エリザベト・ローマ(Elisabeth Roma)と、その娘でトロンボーン奏者/シンガーのリタ・パイエス(Rita Payes)の母娘による美しいデュオアルバム。カタルーニャ語の伝統曲からボサノヴァ、ラテン音楽といった彼女たちが日常の中で親しみ歌ってきた曲を、親子ならではの愛情に満ちた親密な演奏で届けてくれた。
作品にはアントニオ・カルロス・ジョビン(Antonio Carlos Jobim)やヴィラ=ロボス(Villa-Lobos)、シコ・ブアルキ(Chico Buarque)、ピシンギーニャ(Pixinguinha)、ギンガ(Guinga)といったブラジル勢の名曲や、メルセデス・ソーサ(Mercedes Sosa)が歌ったアルゼンチン・フォルクローレ(3)「Drume Negrita」に(4)「Alfonsina y el Mar」、ビリー・ホリデイが歌った(7)「If The Moon Turns Green」など数々の名曲を母娘の二人のみで演奏し収録。
母のギターは優しい眼差しで娘の歌をそっと抱くように包み込む。娘がソロで演奏するトロンボーンは母が奏でるリズムを曇りひとつなく信頼し、自由にのびのびと羽ばたく。これは母娘だからこその魔法かもしれないが、エリザベト・ローマが爪弾くガットギターの音の一瞬一瞬に優しくも厳しく娘に投げかける愛情が感じ取れる。
おそらくこのアルバムはジャズでもクラシックでもない。強い愛情で結ばれた母と娘の極めて個人的な家族の記録のひとつだ。そして家族というものがどれほど素晴らしく愛に満ち、それなのに時に脆く儚く、決して永遠にその幸せが続くものではないことを知る人たちにとって、この音楽が持つ確かな温かさはきっと胸に響くだろうと思う。
母娘が日常で歌い、演奏してきた南米や南欧の名曲たち
選曲も素晴らしく、下手をすれば安っぽくなりがちな手垢のついた“超定番曲”ではなく、それより少し知名度では劣るが音楽的に優れた“知られざる名曲”を中心にセレクトされている──例えばアントニオ・カルロス・ジョビン作は(1)「Imagina」や(6)「Eu Sei Que Vou Te Amar」といった具合に。
ブラジルのSSW/詩人シコ・ブアルキ(Chico Buarque)の名曲(8)「A Rita」は発表された当時のブラジル軍事政権をリタ(Rita, ブラジル・ポルトガル語の発音では“ヒタ”に近い)という“全てを奪っていった”別れた女性に例え批判した楽曲とも言われているが、娘にその「Rita」という名付けをしたこの母にとっては、おそらく思い出深い大切なものなのだろう。
娘から母への誕生日プレゼントとしてスタートしたプロジェクト
この素敵なファミリープロジェクトは、娘リタが母への誕生日プレゼントとして2日間のスタジオセッションを予約した時から始まった。音楽と共に生きてきた家族らしい、素敵なアイディアだ。
セッションのためのレパートリーを整理し練習を重ねるうちに、これをアルバムとして制作することに決めたのだという。
若く柔らかい声と、確かなジャズトロンボーンの実力の持ち主であるリタ・パイエスは1999年生まれ。ジョアン・チャモロ(Joan Chamorro)主宰の6歳から18歳までの若手ミュージシャンで構成されるサン・アンドレウ・ジャズバンド(Sant Andreu Jazz Band)にも所属しており、トランペッターのアンドレア・モティス(Andrea Motis)らと共に注目される逸材である。
ジョアン・チャモロのプロデュースのもと、2015年に『Joan Chamorro Presenta Rita Payés』でアルバムデビュー。
母エリザベト・ローマはクラシックギターのソリストであり教師でもあるが、ラテン音楽やブラジル音楽にも造詣が深く、単純に譜面通りの演奏をするクラシックギタリストとは一線を画すことは本作を聴いてもらえればお分かりいただけると思う。彼女のガットギターはとにかく素晴らしい音色を奏でる。
これまでにヴィクトル・ヴァリュス(Victor Valls)とのギターデュオや、ブラジルのチェリスト、アナ・モレイラ(Ana Moreira)とのデュオ活動などが知られている。
Rita Payés Roma – vocal, trombone
Elisabeth Roma – guitar