中東社会の今を歌うバンド、マシュロウ・レイラ
西側諸国を巻き込んで様々な論争を引き起こしてきたレバノンのバンド、マシュロウ・レイラ(Mashrou’ Leila)の2019年作『The Beirut School』。
中東の不安定な政治情勢下で、社会には人々の不満や怒り、諦めが蔓延する。彼ら以前のアラブの音楽は自身が抱える問題をほとんど歌ってこなかったが、この特異なバンドは彼ら自身の言葉で痛烈に社会を批判する(そしてこれはおそらく、非常に大きな勇気を必要とすることだ)。
今作ではシンセサイザーやエレクトロニカの比重もより多くなり、全体的にビートが強くなった印象を受ける。だがハーミド・スィンノ(Hamed Sinno)のアラビア語ヴォーカルは変わらずタフだし、ハイグ・パパジアン(Haig Papazian)のヴァイオリンは今も鋭く空間を切り裂く。彼らの音楽のプリミティヴな衝動は失われるどころか、ますます凄みを増している。
(2)「Cavalry」はパレスチナの子供たちがイスラエル軍による不法占拠に抵抗する様子(16歳でイスラエル軍に逮捕されたパレスチナの少女アヘド・タミミさんを想起させる)を描いたミュージックビデオも公開されており、軍という圧倒的な暴力の前に一市民がいかに非力であるかを思い知らされる。
マシュロウ・レイラとアラブ社会への影響
マシュロウ・レイラ(Mashrou’ Leila)は2008年にベイルート大学の学生たち──ヴァイオリニストのハイグ・パパジアン(Haig Papazian)、ギタリストのアンドレ・チェディド(Andre Chedid)、キーボーディストのオマヤ・マレエーブ(Omaya Malaeb)を中心とし、不安定な政治情勢への不満や大学でのストレスを解消するためにジャムセッションを呼び掛けたことがきっかけとなり始動した。
このバンド名は言葉遊びを含んでいる。
文字通りでは「レイラ(女性名)の計画」だが、レイラが同音異義で“夜”を意味することから、「一夜の計画」とも解釈できる。また、エリック・クラプトンが「いとしのレイラ(Layla)」でモチーフにしたとされるイスラームの古典的悲恋物語『ライラとマジュヌーン(Majnūn Laylā)』の響きにも掛け合わせていると思われる。
2010年にアルバム『Mashrou’ Leila』でデビュー。
それ以来、戦争や腐敗した政治、宗教的な価値観、民族間の対立や移民の問題、自由と人権、LGBTへの偏見…といった彼らが扱うテーマは一貫して変わっていない。それはつまり、デビュー後10年経過した今も当時とあまり社会の状況が変わっていないということでもある。
2016年6月、彼らがヨルダンの首都アンマンで行う予定だったコンサートは、州の内務省によって中止にされた。
2017年9月、エジプトでの公演中に、観客の何人かが虹色の旗を振っていたとして逮捕され、1人の男性が6年の刑を宣告された。
さらに2019年8月には地元レバノンで開催されたフェスへの出演も“流血を回避し参加者の安全を確保する”という理由のもと、取りやめとされた。
Mashrou’ Leila :
Hamed Sinno – vocal
Haig Papazian – violin
Carl Gerges – drums
Firas Abou Fakher – guitar, keyboards
Ibrahim Badr – bass