近年のECM諸作での物静かな宗教音楽路線が、求めていたティグランの音楽と少しズレていると感じていた方、あなたが求めていたティグランはこれではないでしょうか?
ピアノトリオで帰ってきたティグラン・ハマシアン
アルメニアから現れ、インターネットにのって世界中の音楽家に強い影響を与えたピアニスト/作曲家、ティグラン・ハマシアン(Tigran Hamasyan)の2020年の新譜『The Call Within』は、2015年の名盤『Mookroot』以来のジャズ・プログレが強調された一枚で、これこそが多くのリスナーが求める鬼才ティグランの姿だろう。
今作でも驚異的なソングライティングが際立っており、複雑な変拍子やポリリズムは当たり前。これらはやはり全てが人力で演奏されており、前述の『Mookroot』などでも活躍していたスイス出身のドラマー、アーサー・ナーテク(Arthur Hnatek)のドラミングには人間はどこまで器用になれるんだろうかと感嘆してしまう。
基本編成はピアノトリオで、ティグランとドラムスのアーサー・ナーテク、そして今作にはNYの超絶ベーシスト、エヴァン・マリエン(Evan Marien)が初参加している。
ゲストにアニマルズ・アズ・リーダーズ(Animals as Leaders)のギタリスト、トシン・アバシ(Tosin Abasi)が(8)「Vortex」に、そしてティグランの旧作にも名を連ねてきたシンガーのアレニ・アグバビアン(Areni Agbabian)とチェロ奏者のアルチョーム・マヌーキアン(Artyom Manukyan)が(2)「Our Film」に参加。
この特異な個性は音楽の樹における旺盛な徒長枝かもしれない
今作は、彼のこれまでの作品と比べてもリズム・メロディの両面での深化が著しいように思う。相次ぐ予想を裏切る展開。他の誰にもできないけど、それでも明らかにティグラン・ハマシアンのものだと分かる異形の楽曲が続く。
どの曲も、他のアーティストでは決して聴くことができない驚くような瞬間が連続する。ジャズ、プログレ、メタル、クラシック、そしてアルメニアの民族音楽が均等に混合した個性の塊のような音楽。世界中の音楽家の心を捉えて離さない魅力。研究のしがいがある音楽だが、追随したところで追い越すことはできないだろう。
ティグラン・ハマシアンという特異な個性は、音楽の進化の樹形図において、妙な方向へ太く力強く伸びた一本の徒長枝なのかもしれない。
Tigran Hamasyan – piano, synthesizers, voices
Evan Marien – bass
Arthur Hnatek – drums
Guests :
Areni Agbabian – voice (2)
Artyom Manukyan – cello (2)
Varduhi Art School Children’s Choir – chorus (7)
Tosin Abasi – guitar (8)