【特集】天才ラッパーにして天才クリエイター。Tyler, the Creator、珠玉のメロウネス10選

今から約10年前。タイラー・ザ・クリエイター(Tyler, the Creator)が、デビュー作『Goblin』で発表した楽曲「Yonkers」はあまりにも衝撃的だった。
2011年のビルボードチャートと言えば、LMFAOの「Party Rock Anthem」に代表されるようにEDM真っただ中。そんな中、MVのインパクトもさることながら「Yonkers」はウータン・クランの再来かと思うくらいのミニマルでスリリングなサウンドとクオリティで、シーンに殴り込みをかけてきたのだ。

あれから10年。前作『IGOR』で念願のグラミー賞(ラップアルバム部門)を獲得したタイラーは今年も最新作『Call Me If You Get Lost』で同部門含む2部門にノミネートされている。

ホラーコア・ラップから、今や批評家を唸らせるサウンドに進化したタイラーの現在地を伝えるべく、今回はムジカ・テーハ読者に向けて、特にタイラーのメロウな部分にフォーカスを当ててみたい。
また、本稿の最後には記事中で紹介した楽曲のオリジナル・プレイリストをSpotifyにてアップしているので、そちらも是非。

Treehome95(feat.Coco O. & Erykah Badu)

『WOLF』収録。
デンマーク出身のデュオ、クァドロン(Quadron)のシンガー、Coco O.と大御所エリカ・バドゥを迎えたR&Bナンバー。かねてよりディアンジェロやエリカといったネオ・ソウルからの影響を語っているタイラーは同アルバムの「Awkward」でもエリカの「On&On」のイントロ部分をブレイクで使うなど、特にエリカとの縁は深い。ジャジーなドラムに絡み合うエレピが作り出す空気感が気持ちよく、そして何よりタイラーが裏方に回ることによって、Coco&エリカが気持ちよく歌っているのがとても印象的。

Treehome95(feat.Coco O. & Erykah Badu)

FIND YOUR WINGS (feat.Roy Ayers, Sydney Bennett & Kali Uchis)

『Cherry Bomb』収録。
あまりに過激な内容でイギリスとオーストラリアから出禁を食らった伝説のアルバム『Cherry Bomb』に収録されたJAZZナンバー。御大ロイ・エアーズのヴィブラフォンから幕を開ける本楽曲でもタイラーは控えめ。タイラーが所属するクルー・Odd Futureのメンバーであるシドニー・ベネットとコロンビア出身のシンガー、カリ・ウチスのデュエットをメインに進行する中、Gino Vannelli「Feel Like Flying」のフレーズ“Find Your Wings”が効果的に差し込まれている。

FIND YOUR WINGS (feat.Roy Ayers, Sydney Bennett & Kali Uchis)

Boredom(feat.Rex Orange County & Anna of the North)

『Flower Boy』収録。
タイラーの作品中、最もパーソナルな趣の強いコンセプトアルバムより。
本楽曲で注目したいのは、ドリーミーでメランコリックなトラックもさることながら、英国、そしてノルウェーの若きSSWの存在。他の楽曲も含め、洋の東西を問わず素晴らしいアーティストに目をつけるところがタイラー流。

Boredom(feat.Rex Orange County & Anna of the North)

2SEATER (feat.Aaron Shaw,Samantha Nelson & Austin Feinstein)

『Cheery Bomb』収録。
フィーチャリングアーティストの情報がそこまでないのだが、ラップやら、サックスやら、シンセサイザーやら、ストリングスやら色んな音が入ってくるのに全然不快にならない気持ちよさ。まさに天才の本領発揮。

2SEATER (feat.Aaron Shaw,Samantha Nelson & Austin Feinstein)

911/Mr.Lonely(feat.Frank Ocean & Steve Lacy)

『Flower Boy』収録
Odd Futureの盟友、フランク・オーシャンと、前述のシドニー・ベネットの所属するソウル/R&Bバンド、ジ・インターネットから若き天才ギタリスト、スティーブ・レイシーを迎えた1曲。
“call me,call me,call me”から始まる「911」はその名の通り、パーソナルな本作らしいタイラーの感情がラップに乗ったエモーショナルな一曲。The Gap Bandの「Outstanding」のサビがメロディで引用されており、ここでもタイラーの音楽的バックグラウンドを垣間見ることが出来る。(なお、Gap Bandのチャーリー・ウィルソンとは前作収録の「FUCKING YOUNG/PERFECT」で共演済み)寂し気に奏でられるギターのアルペジオからドラマチックに差し込まれるシンセサイザー、コーラスまで完璧に作りこまれており、まさにPERFECTな1曲だ。「Lonely」ではタイラーらしい高速ラップを披露しているものの、トラックは変わらずエモーショナル。

911/Mr.Lonely(feat.Frank Ocean & Steve Lacy)

See You Again(feat.Kali Uchis)

『Flower Boy』収録
『Cherry Bomb』に続きカリ・ウチスを迎えた1曲。サビのビートはクラブサウンドのそれであるのに、とにかくドラマチック。アルバム全体を包む内省的な感覚はどこかカニエ・ウエスト的でもある。

See You Again(feat.Kali Uchis)

WUSYANAME(feat.Youngboy Never Broke Again & Ty Dolla $ign)

『Call Me If You Get Lost』収録
最新作よりドロップされたシングル曲であり、今年のグラミーのメロディ・ラップ賞ノミネート作品。今旬な二人を迎えた本作はこれでもかというくらいの贅沢仕様。90年代R&Bのトーンを色濃く反映した本曲の元ネタはH-Townの「Back Seat (Wit No Sheets)」。Hip Hop / R&Bの黄金期である94年産の隠れた名曲を復活させたタイラーの功績は無視できない。ブルーノ・マーズを中心に70~80年代回帰が続いているR&B界において、これを機に90年代回帰が来る予感。

WUSYANAME(feat.Youngboy Never Broke Again & Ty Dolla $ign)

SWEET/I THOUGHT YOU WANTED TO DANCE (feat.Brent Faiyaz & Fana Hues)

『Call Me If You Get Lost』収録
最新作よりもう1曲。こちらもブレント・ファイヤズ、ファナ・ヒューズといった若い才能が集結。前者はシンセサイザーのキラキラしたサウンドが眩い、ボビー・コールドウェルやビル・ウィザーズといったAORを思わせるどこか懐かしい歌モノ。後者はFil Callender & Jah Stitch「Baby My Love」使いのUK風ルーツレゲエサウンド。両者ともに最高に気持ちいいサウンドを聞かせてくれる。

SWEET/I THOUGHT YOU WANTED TO DANCE (feat.Brent Faiyaz & Fana Hues)

OKAGA,CA(feat.Alice Smith,Leon Ware & Clem Creevy)

『Cheery Bomb』収録。
まず、リオン・ウェアをアサイン出来たことに驚く1曲。今は亡きミスター・メロウネスは2013年当時も衰えを知らず、心地いい中毒味溢れるトラックの中3者3様のボーカリストたちがどこまでも漂う浮遊感を演出。そこに後半、ようやく登場するタイラーのラップが混ざり合うことで本曲はクライマックスに向かっていく。リーダーアルバムでありながら裏方に徹することの出来るところが、ラッパーというよりクリエイター気質。今後ファレル・ウィリアムズのようにプロデューサー業への専念も可能性としてなくはないのでは。

OKAGA,CA(feat.Alice Smith,Leon Ware & Clem Creevy)

Something to Rap About(feat.Tyler, the Creator)

Freddie Gibbs,The Alchemist『Alfredo』収録。
最後に、タイラーの作品ではないが、これまた気持ちいい曲なのでご紹介。Madlibとのコラボアルバムなど、Jazzy Hiphop界隈でも評価の高いフレディ・ギブスのAlchemistとのコラボ作品収録。David T. Walker「One Love」のギターをループさせたAlchemistらしい心地いいトラックに、屈強な男たちが優しく淡々とラップするギャップにやられる。

Something to Rap About(feat.Tyler, the Creator)

いかがだっただろうか。
実際にグラミーを取った『IGOR』から一曲も選出されないという意外な結果となった今回。
どのアルバムがグラミーをとってもおかしくないクオリティを持ったタイラーの作品群に、これを機会に是非触れてみてほしい。

【番外編】Yonkers

『Goblin』収録。
世界を震撼させたタイラーのデビュー作。サウンドも天才的だが、とにかくMVが話題になり、MTV Video Music Awardsで最優秀新人賞を受賞。多くは語らないので、まずは聴くべし。

Yonkers 閲覧注意。みんなが大嫌いな「あの虫」を食べます。(もちろん演出ですが)

プロフィール

1991年3月6日生まれ。米カリフォルニア州出身のラッパー、ソングライター、音楽プロデューサー、デザイナー、映像作家。本名はタイラー・グレゴリー・オコンマ(Tyler Gregory Okonma)。 2007年、ホッジィ、レフト・ブレイン、ケイシー・ヴェジーズらと共にオルタナティブ・ヒップホップ・グループ「オッド・フューチャー」を結成。
2011年5月、1stアルバム『ゴブリン』で世界デビューを果たし、全米チャート初登場5位を獲得。2017年7月、4thアルバム『フラワー・ボーイ』をリリース。よりメロディに焦点を当てたジャズを多用したサウンドを実験的に取り入れたことで、それまでの作品とは対照的なものとなり、ピッチフォーク・メディアが2017年のベストアルバムリストにおいて第8位、コンプレックスが第6位に選出するなど、批評家からキャリア史上最高の評価を得た。それまでの自身最高位を更新する全米初登場2位を獲得し、第60回グラミー賞の最優秀ラップ・アルバムにノミネートされると、2019年5月、5thアルバム『イゴール』ではキャリア史上初となる全米チャート1位を獲得し、第62回グラミー賞では念願の最優秀ラップ・アルバム賞を受賞。をリリース。アルバムには初めてタイラー自身の歌声がフィーチャーされており、R&B、ファンク、ラップ、ネオソウルが雑然と混ざりあう作風となった。
2021年6月16日、突如として新曲「ランバージャック」をリリースし、その翌日には6thアルバム『コール・ミー・イフ・ユー・ゲット・ロスト』を6月25日に緊急リリースすると発表した。

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