「ニュースクール」の幕開けを高らかに宣言した伝説のクルー
HipHopにはクルーと呼ばれるチームが数多く存在する。古くはマーリーマール(Marley Marl)率いるザ・ジュース・クルー(The Juice Crew)から、ノトーリアス・B.I.G(Notorius B.I.G.)のジュニア・マフィア(Junior M.A.F.I.A)とトゥパック(2PAC)率いるアウトロウズ(Outlowz)は悲しい抗争を生み出した。あのエミネム(Eminem)も元々はD12というクルーのメンバーであるし、最近ではドレイク(Drake)を輩出したヤングマニー(Young Money)も記憶に新しいところだ。このようにHipHop史を語るうえで切り離すことの出来ない“クルー”の存在の中で一際異彩を放つのが、ネイティブ・タン(Native Tongue)である。
一流プロデューサー達が熱視線を送り続けるラッパー
今回取り上げるコモン(Common)がネイティブ・タン一派であることを意外に思われる方も多いのではないだろうか。実際にコモンはその長いキャリアの中で様々なクルーやプロデューサーと親交を深めてきた。
名作『Like Water For Chocolate』はザ・ルーツ(The Roots)のドラマー、クエストラブ(Questlove)をはじめ、J・ディラ(J Dilla)やディアンジェロ(D’Angelo)などソウルクエリアンズ(Soulquarians)一派と作り上げた作品であり、今でもコモンの最高傑作に挙げられることも多い2005年作の『Be』はカニエ・ウエスト(Kanye West)の手によるものだ。また、近作ではロバート・グラスパー(Robert Grasper)やドラマーでプロデューサーのカリーム・リギンス(Karriem Riggins)とともにオーガスト・グリーン(August Greene)としてジャジーな音を響かせたりと、どこでコモンの音に触れたかでその印象は大きく異なってくる。一所に留まることなく常にHipHopの現在地を的確に捉え、自らの音をアップデートさせているのが、このコモンであり、発表する作品全てが常に最高傑作であり続けるのもまた、コモンなのである。
ネイティブ・タン時代の傑作『Resurrection』
そんな中、ネイティブ・タンの特集ということもあり、今回取り上げるのは初期作の中でも完成度の高い94年発表の2nd『Resurrection』。
まだまだラップが荒削りであったり若さを感じる部分はあるが、それは「今のコモンに比べて」という注釈入りのものであり、ジャジーなトラックも含め、この時代のHipHopのトーン&マナーを押さえた重要作と言っていいだろう。
しかし、この当時ジャズ音源をサンプリングしてトラックメイキングをすることは珍しいことではない。
実際に表題曲である(1)「Resurrection」はジャズピアニスト、アーマッド・ジャマル(Ahmad Jamal)の「Dolphin Dance」のピアノをサンプリングした洒脱なナンバーであるし、シングルカットされたHipHopクラシックの(2)「I Used to Love H.E.R.」を経て、(5)「In My Own World (Check The Method)」ではゲイリー・バートン(Gary Burton)のヴィブラフォンをサンプリングしていたりとジャズからの引用は本作でも多い。
ただ、上記の様なある程度わかりやすいサンプリングソースがある一方で、一聴しただけではわからないようなマニアックなサンプリングソースが圧倒的に多いのが本作の特徴ではないだろうか。それは前回紹介したATCQの同時期の作品の大ネタサンプリングとは対極にある作品であり、これこそが本作が重要作である所以でもある。
こうしたある意味玄人好みな作品を作り上げたメインプロデューサーは盟友ノー・ID(NO.ID)。コモンの作品を皮切りにジェイ・Z(Jay Z)やナズ(Nas)などイーストコーストのHipHopにおいて、時代に即したサウンドクリエイトで今なお第一線で活躍する職人的プロデューサーだ。
なお、当時NO.IDのアシスタントを務めていたのがカニエ・ウエストであり、この作品が上述したカニエプロデュースによる『Be』に繋がっていくと考えると非常に興味深い。
もしまだ未聴の方は、本作を手始めにコモン作品を順を追って聴いてみてほしい。
きっとHipHopが歩んできた歴史の一端を感じることが出来るはずだ。
プロフィール
1972年シカゴ生まれのラッパー/ミュージシャン/俳優/作家/活動家。1992年にコモン・センス(Common Sence)名義のアルバム『Can I Borrow A Dollar』でデビュー。1990年代後半までアンダーグランド・シーンで圧倒的な支持を得る中、その後タリブ・クエリ(Talib Kweli)、モス・デフ(Mos Def)、エリカ・バドゥ(Erykah Badu)、ディアンジェロ、Q-ティップ(Q-Tip)、Jディラ(J Dilla)、ビラル(Bilal)などと共にソウルクエリアンズの一員としても活動していく中で、ヒップホップ/ネオ・ソウルの一時代を築いたHIPHOP界重要人物の一人。2000年に4枚目のアルバム『Like Water For Chocolate』でメジャー・デビューを果たし、2015年には自身も俳優として出演した映画「グローリー/明日への行進」のジョン・レジェンド(John Legend)と共作した主題歌「グローリー」でゴールデングローブ賞、アカデミー賞を受賞。2017年にはドキュメンタリー映画『13th』で使用された楽曲「レター・トゥ・フリー」でエミー賞も受賞し、アメリカのエンターテイメント界で4冠を受賞した唯一のラッパーとなる。
(Universal Music Japan より)