【連載】ネイティブ・タンの衝撃~②レアグルーヴが鳴り響く90年代ヒップホップの金字塔

「ニュースクール」の幕開けを高らかに宣言した伝説のクルー

HipHopにはクルーと呼ばれるチームが数多く存在する。古くはマーリーマール(Marley Marl)率いるザ・ジュース・クルー(The Juice Crew)から、ノトーリアス・B.I.G(Notorius B.I.G.)のジュニア・マフィア(Junior M.A.F.I.A)とトゥパック(2PAC)率いるアウトロウズ(Outlowz)は悲しい抗争を生み出した。あのエミネム(Eminem)も元々はD12というクルーのメンバーであるし、最近ではドレイク(Drake)を輩出したヤングマニー(Young Money)も記憶に新しいところだ。このようにHipHop史を語るうえで切り離すことの出来ない“クルー”の存在の中で一際異彩を放つのが、ネイティブ・タン(Native Tongue)である。

ヒップホップを一変させたATCQのサンプリング

第2回で取り上げるのは、ネイティブ・タンで唯一「The Source」の5本マイクをデビューから2作連続で獲得した、ア・トライブ・コールド・クエスト(A Tribe Called Quest、以下ATCQ)のデビュー作『People’s Instinctive Travels and the Paths of Rhythm』(1990)。本作の特徴は何といってもそのサンプリングソースの多彩さにある。

・グローヴァー・ワシントン・ジュニア(Grover Washington, Jr. )
・ビートルズ(The Beatles)
・ビリー・ブルックス(Billy Brooks)
・スライ・アンド・ザ・ファミリー・ストーン(Sly and the Family Stone)
・スティーヴィー・ワンダー(Stevie Wonder)
・チェンバー・ブラザーズ(The Chambers Brothers)
・ルーサー・イングラム(Luther Ingram )
・ランプ(RAMP) ※ロイ・エアーズ
・ルー・リード(Lou Reed )
・ルーベン・ウィルソン(Reuben Wilson)
・フリーダ・ペイン(Freda Payne )
・ファンカデリック(Funkadelic)
・スレイブ(Slave )
・ロイ・エアーズ・ユビキティ(Roy Ayers Ubiquity ) 
etc…

Jazzベーシスト、ロン・カーター(Ron Carter)が参加した2ndもまた非常にジャジーでエポックメイキングな作品ではあるものの、思いつくだけでもこれだけのアーティストの楽曲がサンプリングされている本作は、まさにニュースクール文化を象徴する作品であり、最重要作品と言える。
本記事では、この素晴らしいデビュー作が持つ魅力を3つのキーワードとともにご紹介したい。

大ネタサンプリング

自由なヒップホップが花開くきっかけとなったニュースクールの台頭。その中でもATCQは誰もが知る大ネタをサンプリングすることにより、ヒップホップをマッチョな音楽から、よりメジャーなフィールドに引きずり出すことに成功する。
(2)「Luck of Lucien」では、誰もが知るビートルズの名曲「All You Need Is Love」がイントロでサンプリングされたかと思うと、すかさずビリー・ブルックスの「Forty Days」が差し込まれるクールな展開。ロッキーのテーマ風な本曲を丸々使ったこの展開は、カニエ・ウエスト(Kanye West)がカーティス・メイフィールド(Curtis Mayfield)の「Move on Up」をサンプリングした「Touch the Sky」などに影響を見て取れるのではないだろうか。
(4)「Footprint」は日本では車のCMで有名なスティーヴィー・ワンダーの「Sir Duke」のイントロを要所で差し込みながら、ドナルド・バード(Donald Byrd)の「Think Twice」が優しく流れ込んでいく。
(11)「Mr.Muhammad」もまた、イントロからアース・ウィンド・アンド・ファイアの「Brazilian Rhythm」が鳴り響く、大ネタ使いだ。
キャッチーな楽曲を丸使いすることなく、あざとくなるギリギリのラインで寸止めするそのサンプリング手法は、今聴いても色褪せることはない。

(2)「Luck of Chicken」。ビートルズネタをサンプリングするという、ありそうでなかったヒップホップ。

レアグルーヴサンプリング

本作はキャッチーなだけでなく、玄人好みのレアグルーヴを多数サンプリングしていることも特筆したい。
まさに新しいヒップホップが生まれたことを告げるかのような産声から始まる(1)「Push It Arong」は、グローヴァー・ワシントン・ジュニアの『Loran’s Dance』の一部をサンプリング&ループ。スムース・ジャズのムードを纏いながら、ラップする本曲が当時のシーンに衝撃を与えたことは想像に難くない。
メキシカンな曲調が斬新な(5)「I Left My Wallet in El Segundo」の元ネタはチェンバー・ブラザーズ「Funky」。そのネタ選びもさることながら、これが本作のシングルカットされた1stシングルであることに今更ながら驚かされる。明らかにオールドスクールとは一線を画す1曲だ。
(9)「Youthful Expression」はカーティス・メイフィールドの「Freddy’s Dead」を思わせるようなド直球なレアグルーヴサウンド。本家のマーヴィン・ゲイ(Marvin Gaye)版ではなく、ルーベン・ウィルソン版の「Inner City Blues」をサンプリングネタとして使用するあたりがニクい。
(14)「Description of Fool」もまた、ロイ・エアーズ・ユビキティの「Running Away」を使ったファンク曲。スライ・アンド・ザ・ファミリーストーンの有名なフレーズ「アハアハ」が差し込まれているが、これもまた「Running Away」であり、ATCQの遊び心が初めから最後まで詰まった本作のハイライトと言っていいだろう。
レアグルーヴサンプリングは前項の楽曲群とは異なり、比較的丸使いをしているのも特徴。ATCQのレアグルーヴに対する深い敬愛と音楽的センスを感じることが出来るのもまた本作の醍醐味であり、ヒップホップ作品としてでなく、レアグルーヴ作品としても楽しめるのではないだろうか。

(9)「Youthful Expression」で使われたルーベン・ウィルソン版の「Inner City Blues」。ルーベンのオルガン、ギター、ベース、どれもがファンキーで気持ちいい。

ヒップホップにおけるサクセスストーリー

ヒップホップにおけるサクセスストーリーと言えば、ランDMCが真っ先に思い浮かぶのではないだろうか。
「My adidas」をはじめ、アディダスに自らのアティテュードを重ねた先駆者・ランDMC。同様にATCQもまた、本作収録の代表曲(8)「Can I Kick It?」がナイキのCMに起用されたことにより、一躍ネイティブ・タンの大エースとしてスターダムにのし上がっていく。ヒップホップが広告塔やポップアイコンとして使われることが当たり前となった今、この出来事はヒップホップという音楽のみならず、世界全体のカルチャーの構図を揺るがす大きなターニングポイントであった。

(8)「Can I Kick It?」が使われたナイキのCM。センスの塊のような音楽と動画。

Q-ティップ(Q-Tip)、ファイフ・ドーグ(Phife Dawg)、アリ・シャヒード・ムハマド(Ali Shaheed Muhammad)、ジェロビ・ホワイト(Jarobi)というオリジナル・メンバー4人全員が参加した唯一のアルバムでもある本作『People’s Instinctive Travels and the Paths of Rhythm』。(1st発表後、ジェロビが脱退。)

デビュー作にしてオンリーワンである本作を是非その耳で確かめ、味わってほしい。

25th Anniversary Editionではボーナストラックとして、ナールズ・バークレイ(Gnarls Barkley)のシー・ロー・グリーン(CeeLo Green)、ファレル・ウィリアムス(Pharrel Williams)、Jコール(J Cole)が参加。原曲の良さを残しながらも現代風にアップデートされている。

プロフィール

1988年、MCのQティップとDJのアリ・シャヒードのデュオに、ファイフ・ドーグとジェロビが加わり結成。ジャングル・ブラザーズやDJレッドアラートの後押しを受け、1989年にシングル「Description Of A Fool」でデビュー。

翌年に、ファースト・アルバム『ピープルズ・インスティンクティヴ・トラヴェルズ・アンド・ザ・パスズ・オブ・リズム』を発表。サンプリングにキャノンボール・アダレイやロイ・エアーズの素材を用いるなど、ジャズの要素を絡めた作品になっている。一部の批評家からは「踊れないアルバム」などと酷評されたが、3枚目のシングル「Can I KIck It?」がナイキのCMに使われたことから、徐々に人気が高まる。

続く、1991年の『ロウ・エンド・セオリー』は、ジャズ・ベーシストのロン・カーターを迎えて制作され、さらにジャズに影響されたサウンドを展開した。「Jazz (We’ve Got)」などの曲を含む本作は、前作から一転して評論家の賛辞を受け、商業的にも成功した。『ローリング・ストーン誌が選ぶオールタイム・ベストアルバム500』に於いて、153位にランクイン。

ジャズ路線を継承した1993年のサード・アルバム『ミッドナイト・マローダーズ』 も大きな成功を収め、プラチナ・ディスクを獲得。グループ史上最大のヒットである「Award Tour」も収録されており、前作と並ぶ名盤として評価されている。

1998年に解散した後、2006年に再結成。2013年に再び解散。2015年11月にはテレビ出演のため、一時的に再結成した

wikipediaより)

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