50年の時を経て掘り起こされたタイムカプセル。『サマー・オブ・ソウル』O.S.T

すごいものを観てしまった。
これが率直な感想だ。
2022年のアカデミー長編ドキュメンタリー賞も受賞した映画『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』は音楽ファンのみならず、今を生きるすべての人が観るべき映画と断言する。

時は1969年。かの有名なウッドストックフェスティバルが開かれた年に行われた「ブラックウッドストック」ことハーレム・カルチュラル・フェスティバル。黒人アーティストのみがステージに立つ無料のフェスティバルは毎週日曜日、延べ6週間にわたり、ハーレムの黒人を熱狂させたという。スティーヴィー・ワンダー(Stevie Wonder)、チェンバース・ブラザーズ(The Chambers Brothers)、B.B.キング(B.B. King)、フィフス・ディメンション(Fifth Dimension)、デイヴィッド・ラフィン(David Ruffin)からヒュー・マセケラ(Hugh Masekela)、スライ・アンド・ザ・ファミリーストーン(Sly & the Family Stone)、ニーナ・シモン(Nina Simone)まで錚々たる出演者と、ジャンルもゴスペル、ブルース、ポップス、ソウル、ファンク、アフロビートに至るまで様々。その音楽的価値はもちろん、根底にある圧倒的なイベントの存在意義、そしてそれをアーティスト、オーディエンス、関係者全てが理解し、凄まじい熱量とともに音楽で通じ合う姿が、この約2時間のフィルムには収められている。

”ゴスペルの女王”マヘリア・ジャクソンが示した魂の解放としてのソウル

本作の最初に登場するチェンバース・ブラザーズがソウルフルなパフォーマンスで会場を踊らせると、早速”キング・オブ・ブルース”B.B.キングの登場で会場の熱量は更に高まっていく。いい意味で暑苦しいステージの後に入るのは、女性ボーカルが心地よいコーラスグループの”黒いママス&パパス”ことフィフス・ディメンション。代表曲「輝く星座/レット・ザ・サンシャイン・イン」を披露するなど前半の見どころでもあるが、一方で黒人アーティストとしてポップスをやること、黒人コミュニティで認められることの難しさを語るなど、貴重な証言もこのシーンでは聞く事が出来る。(この後、元テンプテーションズ(The Temptations)のアイドル的存在、デイヴィッド・ラフィンが登場する際には一際黄色い声援が飛ぶことになるが、何故かラフィンは認められているところもまた面白い)
エドウィン・ホーキンズ・シンガーズ(The Edwin Hawkins Singers)、ザ・ステイプル・シンガーズ(The Staple Singers)といったゴスペルルーツのアーティストが続く中、壇上に上がったのは、サックス奏者ベン・ブランチ(Ben Branch)。前年に暗殺されたマーティン・ルーサー・キング(Martin Luther King)を追悼すべく演奏されるゴスペル曲「Precious Lord」は、キング牧師が死の直前にベンに演奏を依頼していた曲である。体調を崩していたボーカル、マヘリア・ジャクソン(Mahalia Jackson)の代役・サポートとしてステージに立ったメイヴィス・ステイプルズ(Mavis Staples)のパフォーマンスも堂々としたものだったが、それに触発されたかのようにボーカルに入るマヘリア・ジャクソンのパフォーマンスには目を見張るものがある。神が宿った様な圧巻のパフォーマンスは、まさにソウル。魂の解放とも言えるものであった。

現代にもつながるスライ・アンド・ザ・ファミリーストーンの多様性

キューバのモンゴ・サンタマリア(Mongo Santamaría)による有名な「Watermelon Man」の演奏、プエルトリカンであるコンガ奏者レイ・バレット(Ray Barretto)と、多国籍なアーティストが続く中、登場したスライ・アンド・ザ・ファミリーストーンがまさに本フェスを最も体現しているアーティストと言っていいだろう。
白人と黒人の混成バンド。黒人アーティストはスーツやタイに身を包みパフォーマンスするのが基本であった当時に、ラフな格好で歌われる「Everyday People」は、白人も黒人も、国籍も職業だって関係ない。みんな同じ「普通の人間」だと語りかける。これほどに説得力のあるパフォーマンスは類を見ない。作中インタビュー内でも、参加したあるオーディエンスは当時を思い出して涙を流し、あるオーディエンスは「白黒だった世界がカラフルになった瞬間」と語る。50年経った今も戦争は続き、国籍や人種問題から更にはジェンダーといった議論が交わされる現代においても普遍の、まさに人類の根源的なメッセージを発信したスライ・アンド・ザ・ファミリーストーンのパフォーマンス。これこそが、現代に生きる我々が本作を観るべき所以である。

ただの音楽ドキュメンタリーで終わらない、ヒューマンドキュメンタリー

前述したように、キング牧師をはじめ、ケネディ、マルコムXの暗殺と1960年代のアメリカは混沌の最中にあり、国内における人種差別は最悪の状況にあった。折りしも始まったベトナム戦争でもアメリカ軍の最前線は黒人ばかりであったと本作では語っている。
そんな爆発寸前のハーレムのいわばガス抜きとして企画された本フェス。これだけ聞くと決起集会さながらに殺伐とした攻撃的なイメージをしてしまうが、実際に映像を見てみるとまったく違うことに驚かされる。ステージを見つめる彼らの表情は実に穏やかで、付近ではチキンの屋台が多数並んでいたことも語られる。本作の特長でもある多くの無名のオーディエンスのインタビューでは、当時流行し始めたアフロヘアーについて誇らしげに語るもの、友達と遊ぶとウソをついて内緒で会場に向かったもの、フィフス・ディメンションのマリリン・マックー(Marilyn McCoo)を「初恋の人」とはにかみながら語るものと、今と何ら変わらない「フェスを楽しむ人間」の姿がそこには確かに存在している。

ヒップホップバンド、ザ・ルーツ(The Roots)クエストラブ(Ahmir “Questlove” Thompson)が監督したソウル愛が詰まった本作。
スティーヴィー・ワンダーのまるで打楽器を演奏する様な激しい鍵盤や、各アーティストの後ろで刻まれる有機的で強靭なビートなど音楽的な見どころは言わずもがな、まずは映画を観てみて欲しい。
鑑賞したあとに聴く楽曲達は、また違った顔を見せてくれるはずだ。

作品紹介

第94回アカデミー賞(R)長編ドキュメンタリー賞受賞!50年封印されていた音楽フェスの頂点、ついに解禁!ウッドストックと同じ1969年の夏、もう一つの歴史的フェスティバルが開催されていた― 。30万人以上が参加したこの夏のコンサートシリーズの名は、“ハーレム・カルチュラル・フェスティバル”。豪華アーティストの熱狂的なパフォーマンスによる貴重な映像と共に語られる、世界中で絶賛された音楽ドキュメンタリー。才気に満ち溢れた若きスティーヴィー・ワンダー、ゴスペルの女王マヘリア・ジャクソンとメイヴィス・ステイプルズ、人気絶頂のスライ&ザ・ファミリー・ストーン、そしてニーナ・シモンほか・・・この約50年間、ほぼ完全に未公開だったことが信じられない、音楽の頂点を極めた貴重すぎる全てのシーンがハイライトと言える。2021年に最も心躍り、感動的かつ重要な、時空を超えた最高のドキュメント! (20世紀FOX公式サイトより)

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