アレシャンドリ・アンドレスの『Macaxeira Fields』
近年のブラジル音楽における最重要作といえる名盤が、リリースから10年以上を経過した2024年末にようやくサブスクで聴けるようになった。
ブラジル・ミナスジェライス州出身のシンガー・ソングライター、アレシャンドリ・アンドレス(Alexandre Andrés) の2012年作『Macaxeira Fields』。“ミナス新世代”と呼ばれるムーヴメントを代表する文字通りのエヴァーグリーンな傑作で、作曲、編曲、演奏のどれもが神懸かり的なクオリティで体現された、音楽の素晴らしさを心の底から感じられる必聴盤である。
本作は作曲をアレシャンドリ・アンドレス(Alexandre Andrés)、作詞をベルナルド・マラニャォン(Bernardo Maranhão)、そして編曲やプロデュースをアンドレ・メマーリ(André Mehmari)が中心的に担っており、さらにハファエル・マルチニ(Rafael Martini)、アントニオ・ロウレイロ(Antonio Loureiro)、ジョアナ・ケイロス(Joana Queiros)といった個性豊かなミュージシャンが多数参加。ヴォーカルもアレシャンドリだけでなく、タチアナ・パーハ(Tatiana Parra)、モニカ・サウマーゾ(Mônica Salmaso)、隣国アルゼンチンのアカ・セカ・トリオ(Aca Seca Trio)で知られるフアン・キンテーロ(Juan Quintero)といった最高のゲストたちが参加。全体としておそろしく完成度の高いアルバムなのだ。
まずはMVも作られている(5)「Ala Pétalo」から。これはサウンド的にはポピュラー音楽と室内楽の奇跡的な邂逅であると同時に、シンバルや中盤から入るマーチング的なスネアドラムがそう感じさせるのか、不思議な開放感のある楽曲で、本作を象徴する1曲。アレシャンドリが弾くギターを軸に、ヴィブラフォンや各種管楽器、弦楽カルテットがサウンドを飾るが、そのスコアもとにかく美しく素晴らしい。アーティスティックなMVにはミュージシャンの家族たちも登場し、“現代版・街角クラブ”と例えられる所以となっている。
アルバムの冒頭を飾る(1)「Um Som Azul」も素晴らしく美しい曲だが、楽曲自体は10/16+9/16拍子、サビの5/8拍子と複合変拍子の複雑な構成。だがその複雑さをまったく感じさせず、ごく自然に歌が流れていくのはミナスという地で育まれた音楽の伝統に依るものなのかもしれない。アルバム全体にいえることだが、この作品にはポピュラー音楽、クラシック、現代音楽、ジャズといったジャンルの壁がなく、全てがナチュラルに混在している。“センス”と言ってしまえばそれまでなのかも知れないが、この音楽的な妙技はなかなか信じ難いものがある。
(2)「Aguaceiro」ではヴォーカルにブラジル稀代のヴォーカリストであるタチアナ・パーハ(Tatiana Parra)をフィーチュア。7拍子のリズムにピアノやガラス製マリンバの雨粒のような音符が華やかに降り注ぐ中で、“声の人”タチアナ・パーハのナチュラルで美しい歌が踊る。
アルバムの表題曲(3)「Macaxeira Fields」は、しばしばポール・マッカートニーの名曲「Blackbird」と比較され語られている。モチーフとなっているフレーズや、歌詞にもポール・マッカートニーやジョン・レノンの名前が登場するように明確に「Blackbird」に影響されながらも、オリジナリティ性に富んだ素晴らしい作編曲で、アレシャンドリのギターと、ミナス新世代の兄貴分的存在である鍵盤奏者ハファエル・マルチニ(Rafael Martini)によるアコーディオンとコーラスがまさにエヴァーグリーンな感覚を呼び覚ます。
ベテランのブラジル最高峰の歌手モニカ・サウマーゾ(Monica Salmaso)を迎えた(4)「Menino」は、一聴すると地味かもしれないが、アルバム屈指の名曲・名演。アンドレ・メマーリは得意の6/8拍子の中で存分に遊んでいる。そのピアノの美しさは神懸かり的で、彼の数多い歌伴の中でも奇跡的なプレイと言えるだろう。(2)「Aguaceiro」でも奏でられたグラス・マリンバの音符の粒や、木管楽器を中心としたアレンジの素晴らしさも筆舌に尽くし難い。
歌手イレッシ(Ilessi)が参加した(6)「A Meu Velho」、父のバンドであるウアクチ(Uakti)をフィーチュアした(10)「Em Brancas Nuvens」、圧巻のコーラスに包まれる(11)「A Voz de Todos Nós」などなど、全ての楽曲が尊く美しい。
Alexandre Andres 略歴
アレシャンドリ・アンドレスは1990年3月生まれ。世界的な創作楽器集団ウアクチ(UAKTI)のフルート奏者であるアルトゥール・アンドレス(Artur Andrés)を父に、クラシック・ピアニストのヘジーナ・アマラウ(Regina Amaral)を母に、そしてブラジルを代表する画家マリア・エレナ・アンドレス(Maria Helena Andrés)を祖母に持つという芸術一家に生まれ育った。
2017年にミナスジェライス州連邦大学音楽学部(Escola de Música Universidade Federal de Minas Gerais, EMUFMG)に入学し、サウンドエンジニアリングやプロダクション、フルートやギターを学んだ。ミナスの器楽音楽で最も権威ある賞であるBDMGインストゥルメンタル賞を2度(2009年、2015年)受賞し、音楽家としての実力が認められている。
デビュー・アルバムは2009年の『Agualuz』。2012年にアンドレ・メマーリら多数のミュージシャンを迎え制作した『Macaxeira Fields』は非常に高く評価され、日本のラティーナ誌にて「2013年ブラジル・ディスク大賞」に輝いた。
以降も『Olhe Bem as Montanhas』(2024年)、『Macieiras』(2017年)など優れた作品を発表。2023年からは『Macaxeira Fields』の10周年を記念した作品の制作に取り組み、いくつかのシングルのリリースを経て2025年にそのセルフカヴァー集『Sem Fim (Acústico)』をリリースした。
Alexandre Andrés – vocal (1, 3, 5, 6, 7, 10, 11, 12), guitar (1, 3, 5, 6, 7, 9, 10, 11), flutes (1, 2, 8, 9, 10), piccolo (1), chorus (2, 11)
André Mehmari – piano (1, 2, 4, 7, 12), Rhodes (2), programming (2, 12), accordion & vocal (12), chorus (2, 5, 11), pratos (5)
Tatiana Parra – vocal (2)
Mônica Salmaso – vocal (4)
Juan Quintero – vocal (9)
Ilessi – chorus (6)
Leonora Weissmann – vocal (8)
Antonio Loureiro- drums (1, 2, 9, 12)
Rafael Martini – accordion (3), piano (6, 9), chorus (1, 3, 6, 11)
Joana Queiros – clarinet (1, 3, 4, 5, 6, 9, 11), bass clarinet (4, 8, 9)
Adriano Goyatá – glass marimba (2, 4, 10), drums (4, 5, 6, 10)
Artur Andrés – flutes (4, 5, 6, 8, 10, 11), piccolos (5), instrumental UAKTI (10)
Paulo Santos – percussions & instrumental UAKTI (4, 8, 10)
Décio Ramos – percussions & instrumental UAKTI (4, 8, 10)
Regina Amaral – piano (11)
Bernardo Maranhão – chorus (3, 11)
Gustavo Amaral – bass (5, 10), chorus (1, 3, 5, 11)
Pedro Santana – bass (1, 2, 3, 4, 6, 7, 9, 10, 12)
Tarcísio Braga – vibrafone (1, 5, 6), marimba (8)
Anor Luciano – trumpet (1, 5, 8, 11)
Alaécio Martins – trombone (1, 5, 10, 11)
Jonas Vitor – tenor saxophone (9)
Ayran Nicodemo – 1st violin (1, 5, 6, 7, 10)
Ravel Lanza – 2nd violin (1, 5, 6, 7, 10)
Gerry Varona – viola (1, 5, 6, 7, 8, 10)
Felipe José – cello (1, 4, 5, 6, 10, 11), guitar (8), planetário UAKTI & triangle (8)