超絶バンド『Pinhas and Sons』インタビュー:結成秘話と、ファンと創るこれからの音楽

Pinhas & Sons

Pinhas & Sons(ピンハス&サンズ)との出会いの衝撃

5月の終わりに、イスラエルの世界的サックス奏者ダニエル・ザミールが自身のYouTubeに「Pinhas & Sons feat. Daniel Zamir, Nitzan Bar」というタイトルの1本の動画をアップした。複雑なリズムを持つダニエル・ザミールの代表曲を大編成のバンドで演奏している。元々この曲が大好きだった私は喰い入るように見入った。共演者は天才ギタリストのニツァン・バール(Nitzan Bar)。そして“Pinhas and Sons”とクレジットされた聞き慣れないバンド。

ソプラノサックス奏者、ダニエル・ザミールがYouTubeにアップした動画。

彼らの演奏を聴いて、ダニエル・ザミールとニツァン・バールという二人の天才の演奏にも引けを取らないベースやドラム、フルート、キーボードなどの演奏で存在感を示すこのバンドにとても興味を持った私は、すぐにバンド名で検索し、ヒットしたヘブライ語ばかりの動画を何曲か視聴してみた──そしてこのバンドの虜になるのに、そう時間はかからなかった。

荘厳なバロック調のイントロからラテン/ブラジル系のリズムへ。
メロディもリズムも、センスが凄い。そして何よりすごく楽しい。

言葉はわからなくても、オリジナル曲と思しき楽曲の圧倒的なクオリティの高さに惹き込まれた。カテゴライズを無意味にするあらゆる音楽のミクスチャー、作り込まれた驚くほど斬新で洗練されたアレンジ。さらに歌手をはじめとするメンバー全員の演奏の巧さに魅入った。
そして何よりも、その場にいる全員が音楽を心から楽しんでいる様子が映像から伝わってくる。本当に、初めて観た彼らの音楽には言葉を失うくらいの感動があった。

イスラエルにとにかく凄いバンドがいる!!
そう興奮しながら一気に書き上げた拙文は、Twitter を中心に多くの反響をいただき、パーカッション奏者の木川保奈美さん(@HONAperc)がインスタグラムのストーリーにアップした投稿をきっかけにPinhas & Sonsの公式アカウントにも伝わったことで、私もバンドのリーダーであるオフェル・ピンハス(Ofer Pinhas)と直接コンタクトを取れるようになった。

私はまず彼にこの素晴らしい音楽への感謝を伝え、彼もまた日本で自分たちの音楽が広く聴かれたことの驚きを私に伝えてくれた。そして、何度かメッセージをやり取りするなかで興味深いことをたくさん話してくれた。
今回は、そんなオフェル・ピンハスから直接聞いた話をまとめて紹介したい。

Ofer Pinhas(Pinhas & Sons)インタビュー

── バンド名「Pinhas & Sons」はヘブライ語(פנחס ובניו)ではどのように発音するのですか?

Ofer Pinhas(以下、O.P)「ピンハス・ウバナゥ」のように発音するよ。「ウ」が”and”、「バナゥ」が”sons”という意味さ。

── 音楽家としてのプロフィールを教えていただけますか?

O.P 僕の人生は、音楽を「仕事」にしないで、できるだけ純粋に好きなままでいたいと思っていたから、常に音楽と並行してもうひとつの道も歩んできたんだ。

ピアノは6歳から始め、クラシック音楽を勉強してきたけど、いつも他のジャンル、リズム、即興、作曲に傾倒していたので、クラシック音楽家になるという道には進まなかった。
他の多くの人と同じように、10代の頃にはプログレやジャズを見つけ、特にイスラエル音楽のパイオニアたち(そのうちの一人がシュロモ・グロニフ*1)にハマった。僕が彼らの音楽の中で特に好きだったのは、新しくて面白い音楽的なアイディアを創造性と感情的なインパクトを与えるための道具として使い、「複雑さ」を楽曲の前面に出さなかったことだと思う。とにかく、僕は演奏と作曲を区別していなかったので、最初から作曲を始めていたのだけど、それが僕自身を最も成長させる方法だったんだと思う。

*1 シュロモ・グロニフ(Shlomo Gronich)…1970年代から活躍するイスラエルのジャズロック系シンガーソングライター/鍵盤奏者。のちにPinhas & Sonsを見出だし、ステージでも共演することになる。

── どんな10代を過ごされたのでしょうか?

10代の頃は音楽機関や音楽学校には通っていなかった。音楽は自分の一部だったけど、生活を維持するために必要なものではないと感じていたので、音楽を好きな気持ちは “野生のまま” に成長させていたんだ。
そして、たくさんの音楽プロジェクト、バンド、学校の演劇のために曲を書いたりしていた。当時は主にインストゥルメンタルだったけどね。

19歳の時、兵役中(*2)に二人の友人、トム・ハラム(Tom Haram)というフルート奏者と、ギターのバラク・スラー(Barak Sarour…現在もPinhas & Sonsのギタリスト)とトリオを作り、僕が書いた曲を初めて人前で演奏した。バンドのスタイルはよりハーモニーを重視していて、僕が大好きだった70年代のイスラエルの巨匠たちにとても強く影響を受けたもので、グルーヴ感や民族的な要素は少なかった。
このトリオは徐々に発展し、”Fermata”と呼ばれる8人組のバンドになった。観客はいたけど、ほとんどサークル内の仲間だけのローカルなものだった。でも、すごく楽しかったよ。

*2 イスラエル在住のユダヤ人(ユダヤ教徒)には兵役が義務付けられており、心身に問題がある場合など一部の例外を除き男女ともに18歳から2、3年前後にわたって軍務に服する。

── 本格的に音楽の道へ進もうと思ったのはいつから?また、影響を受けた音楽家はいますか?

O.P 兵役を終える頃、僕は作曲とジャズをもっと深く学びたいと思い、イスラエルの作曲家イザーク・サダイ(Isaak Sadai)から個人レッスンを受け、ロイー・ベン・シラ(Roee Ben Sira)(*3)とジャズを学んだんだ。これが僕がハーモニーや対位法など音楽を初めて「正しい方法」で学んだときで、その一瞬一瞬が素晴らしい経験だった。
その後、僕はテルアビブ音楽アカデミー(Tel-Aviv Music Academy)に入学した。実際には音楽とコンピュータサイエンスの合同学位だったけどね。
アカデミーはとても「クラシック音楽」を重視していたので、僕はそこではかなりの変わり者だったけど、非常に刺激的で多作な時間だったよ。エルメート・パスコアールなどのブラジル音楽や、バルカン、アラビア、アフリカの音楽…そう、民族的な音楽にとても魅了されるようになり、こうした音やグルーヴが僕の曲に取り入れられるようになった。それにライヴや “歌”全般のフォーマットを拡張したフランク・ザッパも大好きだった。

それ以来、実は二重生活をしてるんだ。
プログラマーとしてパートタイムで働き、それ以外の時間は音楽をやっている。アカデミーに入ってからの数年間は、ただただ作曲とレコーディングを続け、年に一度くらいは遊びでコンサートをしていた。実際にその音楽を聴いてくれたのがシュロモ・グロニフで、彼が僕にアルバムをリリースしてさらにレベルアップするように促してくれた。2015年だったと思うけど、最初のアルバム 『Cheap Metaphors about Love』(ヘブライ語原題:מטאפורות זולות על אהבה)をリリースしたんだ。そこからPinhas & Sonsの活動が始まった。

*3 ロイー・ベン・シラ(Roee Ben Sira)…イスラエルのピアニスト/作曲家。特にブラジル音楽に傾倒しており、YouTubeではショーロなどブラジル音楽の演奏や、ブラジルを代表するギタリスト、ヤマンドゥ・コスタとの共演動画を観ることができる。

── Pinhas & Sons は皆すごく技巧的ですが、メンバーとはどのようにして知り合ったのでしょうか?

O.P メンバーそれぞれがどのようにしてこのバンドにたどり着いたのかは、かなり尽きない話になるね!
Sharon(ドラムス)とBarak(ギター)は僕の幼馴染み。
Moshiko(ヴァイオリン)とDaniel (ヴィオラ)とはアカデミーで知り合った。
Lior(ベース)、Barak(フルート)、Matan(パーカッション)はこのプロジェクトのために吟味して見つけてきた。
ヴォーカルのNoaとは実は面白いエピソードがあって、僕は彼女を知らなかったんだけど、数年前に観たショーで「シシェット(*4)」というバンドの曲の象徴的なフルートソロを歌っていたのを覚えていて、それがずっと引っかかっていたので、彼女が何者なのか調べて誘ったんだ。

いずれにしても、メンバーの一人ひとりが、それぞれ楽器が得意なこと以外にもとても好奇心旺盛な性格なんだ。だからそれが僕たちを深く結びつけ、何時間も何時間も音楽やアイディアやグルーヴを掘り下げていくことを可能にしている要因なんだと思う。

*4 シシェット(Sheshet)…SSW/フルート奏者/ピアニストのShem-Tov Leviを中心としたイスラエルのプログレバンド。1977年に唯一のアルバム『Sheshet』を発表しており、日本でも人気が高い。

── YouTubeの映像を観ると、とても多くの人々があなたの音楽に参加していますね。

O.P イスラエルのファン達は僕らの音楽作りにとても深く関わってくれているんだ。
最初のアルバムを出したあと、2枚目のアルバム『מדובר באלבום』では、スタジオにファンの皆さんを招いて一緒に歌や演奏をしてもらってレコーディングしたんだ。
そして僕たちはファンによるコーラス隊とオーケストラを作って、何度かのショーで一緒にステージで演奏したよ。

だから次のアルバムを作る時には、もっとファンの皆さんにも参加してもらおうと思ったんだ。手短に言うと、僕らが今作っている音源をみんなに聴いてもらい、ファンの人たちに、歌詞を書いたり、自分たちで演奏しているところを録音したり、アイディアを提案してくれたりと、どんな形でもいいから貢献してもらいたいとお願いしたんだ。
最初は完全にクレイジーだと思っていたんだけど、今ではとてもクールで刺激的なものになっている。
日本の楽器や音楽を愛する人たちがこのプロセスに参加してもらえたら、すごく面白いと思っているよ!

ファンをコーラス隊やブラス隊として巻き込んで演奏された「מחול הטירוף」(狂気のダンス)の動画。

Pinhas & Sons と新しい音楽を創ろう。”Allah Baballah” プロジェクト

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)はイスラエルも脅威に晒し、6月7日現在で約17,700人が感染、300人ほどが亡くなっている。ネタニヤフ首相も感染者との濃厚接触の疑いで6月はじめに3度目の自主隔離という報道もあった。

そんな中で、他の多くのアーティストたちと同じように、Pinhas & Sons もファンとの繋がりを保つ方法を模索している。
それが、インタビューの最後にもあったように“ファンと一緒に新しい音楽を創る”という試みにつながった。

オフェル・ピンハスが主宰する下記のFacebookグループに参加すれば、彼らの制作中の未発表音源や楽譜、歌詞にアクセスでき、それを元に自由にアイディアを伝えることができる。ページ内では既に何名ものファンやバンドメンバーが思い思いの楽器などを使ってこのクリエイティブな活動に参加しているようだ。

Allah Baballah プロジェクトページ
https://www.facebook.com/groups/556057638640355/

参加するために特別な機材などは必要はない。良いアイディアや演奏であれば、正式な録音に招待することもあるそうだ。興味がある方は、ぜひ覗いてみてほしい(とはいえ、アップされている音源はやはり相当に音楽的にレベルが高いので初心者にはハードルが高いかもしれないが…)。

CDや楽譜、グッズはBandcampで購入可能

Pinhas & Sons のCDなどは日本では現在一般に流通していないが、Bandcampでアーティストから直接購入することができる。

Pinhas & Sons Bandcamp
https://oferpinhas.bandcamp.com/

Bandcampではこれまでの2枚のアルバムやTシャツが販売されている。
アーティスト自身がつくった楽譜も販売されており、これは彼らの複雑な楽曲をより理解し楽しむために役立つだろう。

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