「ニュースクール」の幕開けを高らかに宣言した伝説のクルー
HipHopにはクルーと呼ばれるチームが数多く存在する。古くはマーリーマール(Marley Marl)率いるザ・ジュース・クルー(The Juice Crew)から、ノトーリアス・B.I.G(Notorius B.I.G.)のジュニア・マフィア(Junior M.A.F.I.A)とトゥパック(2PAC)率いるアウトロウズ(Outlowz)は悲しい抗争を生み出した。あのエミネム(Eminem)も元々はD12というクルーのメンバーであるし、最近ではドレイク(Drake)を輩出したヤングマニー(Young Money)も記憶に新しいところだ。このようにHipHop史を語るうえで切り離すことの出来ない“クルー”の存在の中で一際異彩を放つのが、ネイティブ・タン(Native Tongue)である。
プリンス・ポールがHipHop界に残した功績
プリンス・ポール(Prince Paul)と聞いて、「?」となる方は多いだろう。
ましてやネイティブ・タンの特集であれば、何よりもデ・ラ・ソウル(De La Soul)を取り上げなければならない案件である。ただ、その陰にこういった名プロデューサーがいたことは忘れてはならないし、これを知ってからデ・ラ・ソウルを聴けば、また違った目線で楽しめるはずー。
そのような思いで今回、プリンス・ポールを先に取り上げることにする。
プリンス・ポールの代表作と言えば、やはりデ・ラ・ソウルのデビューアルバム『3 Feet High and Rising』だろう。ニュースクールの特長である雑食性のあるサンプリングのイメージはこの作品が作り上げたと言っても過言ではなく、ある意味ではプリンス・ポールがニュースクールの方向性を形作ったとも言える。
更に、特筆すべきはそのストーリーテラーとしての才能である。
ソロ名義の1999年作『A Prince Among Thieves』はストーリーテリングヒップホップとも呼ばれる金字塔的な作品であり、様々なskitやinterludeを交えながら35曲77分の中で役を振られたゲストラッパーらがパフォーマンスする様は映画のサントラというよりは、もはや映画を観ているような感覚に陥る。
なお、このskit(途中で差し込まれる寸劇のようなもの)を作品に取り入れたのもまた、プリンス・ポールとも言われている。
デ・ラ・ソウルと袂を分かった結果生まれた渾身のデビュー作。
このように華やかで輝かしいキャリアを持つプリンス・ポールが何故日の目を見ないのか?
これはもうタイミングとしかいいようがない。
ネイティブ・タンを含め非常に革新的で新しいサウンドを提供した東海岸のニュースクールに呼応するように誕生した西海岸のギャングスタ・ラップにより、ドクター・ドレ(Dr.Dre)、アイス・キューブ(Ice Cube)を筆頭とするクルー、N.W.A.が台頭。東海岸のニュースクールはメインストリームの地位を失うことになる。
そんな状況の中、変化を求めたデ・ラ・ソウルが袂を分かつのは当然と言えば当然だったのかもしれない。時を同じくして、主宰するレーベルが失敗し、元恋人と息子を巡る親権争いにも巻き込まれるなど、失意のどん底で生まれた作品がこのサイコアナリシス(Psycoanalysis)名義作『What Is It』である。
その名の通り、まるで自らの精神状態を曝け出すように、精神を患った人物目線で語られる本作。精神病患者とセラピストの掛け合いで進んでいく(2)「Beautiful Night – Manic Psycopath」は後の作品『A Prince Among Thieves』で見られるストーリーテリングの一端を既に見ることが出来る。音楽的に見ても、ジャック・ブルース(Jack Bruce)「Born to be Blue」の気持ちいいところをサンプリング&ループしたジャジーなトラックに、ノーティ・バイ・ネイチャー(Naughty by Nature)風のコーラスが入るなど90sR&Bの雰囲気を感じることが出来る。
靄がかかったような不穏なトラックにキレイなピアノループが際立つ(5)「You Made Me(A.K.C.)」は、現実なのか現実ではないのか不思議な感覚に陥る中毒性のあるトラック。所々、盟友であるデ・ラ・ソウルや、DBLクルー(DBL Crew)、グランド・マスター・フラッシュ(Grand Master Flash)のボイスサンプルが差し込まれるあたりはプリンス・ポールらしい意匠と言っていいだろう。
続く(6)「Vexual Healing (Vac ilation)」も銃声や爆撃音が鳴り響く中、レゲエのトースティングやサックスが入り込む不思議な楽曲。常に誰かに攻撃されていると言った妄想に悩まされる患者の精神世界を音で見事に表現した一曲だ。
(11)「Drinks」もまた浮遊感のあるヴィブラフォンが印象的。こちらも患者の精神世界の酩酊状態が見事に表現されている。
最後に紹介する(17)「Outroduction to Diagnosis」は打って変わって、あたかも躁状態のようなハードなラップが展開される。ただ、今までのオールドスクールラップのような強さだけでなく、ビル・エヴァンス(Bill Evans)「Invitation」使いのドラマチックなピアノループを乗りこなすところに、ニュースクールの矜持を感じることが出来るのではないだろうか。
今でこそ当たり前に使われるようになったHipHopにおけるskit。
それが生まれた背景には、このような1人の天才が存在し、また、それがニュースクール文化で花開いたということを忘れてはならない。
プロフィール
ステッツァソニック、デ・ラ・ソウル、ハンサム・ボーイ・モデリング・スクール、ザ・ディックスなどヒップホップの歴史的傑作の背後で才能を発揮し、40を越える数のアルバムに関わってきた革新的プロデューサー。
94年になると、RZA、フルートクワン、トゥー・ポエティックとともにグレイヴディガズを結成。このスーパーグループでは、後に“ホラーコア”と呼ばれる実験的な音をクリエイトした。さらに90年代も終わりに近づく頃、サイコアナリシス名義作『ホワット・イズ・イット』(96年)でソロ・デビュー、その後も映画サントラ風の『プリンス・アマング・シーヴズ』(99年)やスキットと自奏の生音を活かした『インストゥルメンタル』(05年)を発表。また、オートメイターとともに打ち出したハンサム・ボーイ・モデリング・スクールで、トップ・アーティストたちをゲストとして迎えたクロスオーヴァー・ヒット作『ソー…ハウズ・ユア・ガール』(99年)と『ホワイト・ピープル』(04年)も制作した。