「ニュースクール」の幕開けを高らかに宣言した伝説のクルー
HipHopにはクルーと呼ばれるチームが数多く存在する。古くはマーリーマール(Marley Marl)率いるザ・ジュース・クルー(The Juice Crew)から、ノトーリアス・B.I.G(Notorius B.I.G.)のジュニア・マフィア(Junior M.A.F.I.A)とトゥパック(2PAC)率いるアウトロウズ(Outlowz)は悲しい抗争を生み出した。あのエミネム(Eminem)も元々はD12というクルーのメンバーであるし、最近ではドレイク(Drake)を輩出したヤングマニー(Young Money)も記憶に新しいところだ。このようにHipHop史を語るうえで切り離すことの出来ない“クルー”の存在の中で一際異彩を放つのが、ネイティブ・タン(Native Tongue)である。
レゲエとの邂逅から始まった一流ラッパーへの道
クイーン・ラティファ(Queen Latifah)と聞いて、皆さんは何を思い浮かべるだろうか。
恐らく圧倒的に多いのは映画スターとしての彼女の姿であろう。
90年代に多かったコメディ作品やSF作品などで存在感を出していたラティファだが、一方でHipHopファンであれば、フィメール・ラッパーの先駆けとして記憶に残っているのではないだろうか。
ネイティブ・タン一派のラッパーとして世に出たラティファはニュースクールらしい既存システムにとらわれない自由なトラックとライムで、瞬く間に認知されることとなった。名作と名高い89年の1stアルバム『All Hail the Queen 』は以前に取り上げたプリンス・ポール(Prince Paul)がプロデュースを担当。
ハウスとHipHopの融合で新時代を告げた同じネイティブ・タンのジャングル・ブラザーズ(Jungle Brothers)の影響を強く感じる「Come into My House」、同じネイティブ・タンのフィメール・ラッパー、モニー・ラブ(Monie Love)と女性の権利を高らかに宣言した「Ladies First」、そしてなんと言ってもReggaeをHipHopに大胆に取り入れた「The Pros」はまさにニュースクール的で新しい時代を告げるものでもあった。(そもそもフィメール・ラッパーが登場してきたこと自体もニュースクールならではであり、マッチョな男の世界というオールドスクールからの違いとも言える。)
そしてその後の93年の3rdアルバム『Black Reign』では「U.N.I.T.Y」でグラミー賞(ベスト・ソロ・ラップ・パフォーマンス)を受賞と、もはや性別を超え、ラッパーとして確固たる地位を築いた彼女は今、前述のように映画スターとして、そしてシンガーとして今を歩んでいる。
そんな”シンガー”クイーン・ラティファの名刺がわりとなるのが、今回紹介する07年作『Trav’lin’ Light』である。
映画『シカゴ』の存在
本作の紹介の前にもう少しだけラティファの紹介をしたい。元々学生時代にミュージカルに出演していたというラティファ。実際に上述の3rd『Black Reign』でもいくつかR&B楽曲が収録されており、ラティファ自身の嗜好や心境の変化を垣間見ることが出来る。
ただ、やはり大きなターニングポイントとなったのは02年公開のアカデミー作品『シカゴ』への出演であると見るべきではないだろうか。助演女優賞を受賞したキャサリン・ゼタ・ジョーンズの演技、歌唱、ダンスが圧巻なのは言うまでもないが、ラティファ演じる刑務所の看守”ママ”モートンもまた素晴らしいもので、最序盤の華やかなシーンから刑務所のシーンへとつなぐ重要な役割を音楽で見事に表現している(ちなみにこの年の助演女優賞にはキャサリンとラティファの2名が『シカゴ』からノミネートされている)。キャサリンとの掛け合いシーンも多く、時にコミカルに、時にシリアスに、ストーリーを進めていく姿を見れば、やはりこの『シカゴ』がラティファをネクストステージへと押し上げたターニングポイントであると、きっと理解できるはずだ。
Jazzの名門・Verveへの移籍と『Trav’lin’ Light』
『シカゴ』の活躍を受け、シンガーとしての本格デビューを飾った04年のカバーアルバム 『Dana Owens Album』に続いて発表された『Travlin’ Light』。本作のトピックは何と言ってもVerveからのリリースという点だろう。Verveと言えばエラ・フィッツジェラルド(Ella Fitzgerald)、サラ・ヴォーン(Sarah Vaughan)と言った女性ジャズボーカリストはもちろん、ビル・エヴァンス(Bill Evans)やルイ・アームストロング(Louis Armstrong)も作品を発表している超名門Jazzレーベル。上述の『Dana Owens Album』もアル・グリーン(Al Green)や、ハービー・ハンコック(Herbie Hancock)などSoul/Jazzの重要人物が強力にバックアップした作品であったが、元々ラッパーだったアーティストがVerveから作品をリリースというユニークさと歴史的な意味で、本作はやはり群を抜いている。
もちろん、作品の内容も無視することは出来ない。
ビリー・ホリデイ(Billie Holiday)の楽曲「Trav’lin’ Light」を表題としているように同曲のカバーを始めJazzの色濃い本作ではあるが、ボサノヴァの名曲「Corcovado」のカバーである(3)「Quiet Nights of Quiet Stars」や10ccの味わいのあるポップスバラード(9)「I’m not in Love」など、多種多様な楽曲が収録されており、女優としても成功を収めている彼女の表現力が存分に発揮されたバリエーション豊かな作品に仕上がっている。また、最後に07年出演のミュージカル映画『ヘアスプレー』の楽曲も収録されており、女優/シンガーいずれのラティファのファンも満足できるはずだ。
2022年現在、52歳にして主演したアクションドラマ『イコライザー』が日本でも配信開始となり、再度注目を集めているマルチアーティスト、クイーン・ラティファ。是非この機会に彼女の足跡を辿っていただき、その凄さを体感してみてはいかがだろうか。
プロフィール
ニュージャージー州ニューアーク生まれ。
1989年にアルバム『オール・ヘイル・ザ・クイーン』でデビューしたラップ歌手。女性ラッパーの第一人者として知られている。ヒップホップにハウス、レゲエを柔軟に取り入れた音楽性と毅然とした姿勢で人気を集め、1994年のアルバム『ブラック・レイン』ではグラミー賞も受賞。もともとラップも歌もこなすスタイルだったが1990年代後半からはヒップホップからは距離をおき、R&B歌手として活動している。
女優としても活躍しており、2002年の映画『シカゴ』ではアカデミー賞、英国アカデミー賞、ゴールデングローブ賞(いずれも助演女優賞)にノミネート。2003年にBETアワード最優秀女優賞を受賞している。
2021年のBETアワードでは生涯功労賞を受賞した。
(wikipediaより抜粋)