【特集】どこから聴けばいい?ブルーノート移籍のマルチアーティスト、ミシェル・ンデゲオチェロ作品のススメ

Funk、Jazz、HipHop、R&B、アフロビート…様々な音楽をジャンルレスに横断し、その独特のグルーヴで唯一無二の存在感を放つマルチアーティスト/ベーシスト、ミシェル・ンデゲオチェロ(Meshell Ndegeocello)が今年ブルーノートから新作を発表した。
元々Jazz的アプローチはンデゲオチェロの奏でるサウンドから随所にみられたものの、その自由で枠にとらわれない彼女の音楽からして、ブルーノートでのリリース=Jazzと捉えるのはあまりにも拙速であろう(事実、ンデゲオチェロはインタビュー内でもジャズアーティストと括られることを嫌っている)

本稿では多様なンデゲオチェロの作品群を改めてフィーチャー。
デビュー30周年を迎える彼女のキャリアを振り返るとともに、これから彼女の音楽に触れる人は是非自分だけのお気に入りの一枚を見つけて欲しい。(※本項では紙幅の関係上、全ての作品には触れておりません)

Plantation Lullabies(93)

イントロである表題曲を抜かすと実質1曲目である「I’m Diggin’ You」をはじめ、全体的にドライブした楽曲が多く、当時の勢いがそのまま作品に現れたような一枚。R&BやJazzというよりは当時のHipHopのグルーヴに近く、どことなくプリンス(Prince)の音楽に近い印象。実際にメジャーレーベルのワーナー・ブラザーズ、マドンナ(Madonna)のマーヴェリック、プリンスのペイズリー・パークによるレーベル争奪戦を巻き起こしたという伝説のデビュー作。

Pick Up 「If That Your Boyfriend」

ベーシストであるミシェル・ンデゲオチェロの真骨頂であるグルーヴを最も感じることの出来る楽曲。とにかくカッコいいの一言に尽きる、ある意味最高にRockな一曲。

Peace Beyond Passion(96)

こちらもプリンス感高め。前作より楽曲の落ちつきが増したことや、ホーンやキーボードの使い方とビートのバランスはソウル・クエリアンズ(※)界隈の雰囲気漂い、ンデゲオチェロの名がネオソウルの文脈で出てくるのも納得の内容。
なお、97年のグラミーではベストR&Bアルバムにノミネートされている。

※Soulquarians。ネオ・ソウルを志向したクルー。代表的なアーティストにザ・ルーツなど

Pick Up 「Who Is He (And What Is He to You)?」

HipHopのサンプリングソースとしてもよく使われるビル・ウィザーズ(Bill Withers)楽曲のカヴァー。
特徴的なベースのループ含め、原曲を忠実に再現しているものの、ビルの比較的淡々とした歌い口に比べ、ボーカル、ビート、その他全てにおいて有機的でグルーヴィーになっているのが印象深い。

Bitter(99)

今までのマルチアーティスト/ベーシストとしてのファンキー&グルーヴィなンデゲオチェロではなく、コンポーザーとしての奥深さを見せた99年作。
ネオフィリー系やオーガニックソウルを思わせる静謐なサウンドはンデゲオチェロ作品の入口として入るには中々難しいのが正直なところだが、聴けば聴くほど心地良くなる隠れた名盤。

Pick Up 「Satisfy」

アコースティックギターのリフや構成自体は特段変わった楽曲ではないが、控えめに配置されたストリングスが2重にも3重にも厚みを持たせており、作品全体に流れる慈しみのようなものを最も体現している一曲。

Cookie: The Anthropological Mixtape(02)

前作とうって変わってヒップホップサウンドに舵を切った意欲作。02年のHipHopといえば50セント(50cent)の衝撃的なデビューに始まり、ギャングスタラップがまだまだ全盛だった時代。
その中で今でも色褪せずに聴くことの出来るHipHopを生み出した本作は彼女の才能の証左以外の何者でもない。シンプルにいい曲が詰まったンデゲオチェロ作品の入りにちょうどいい一枚。

Pick Up 「Hot Night」

当時「Get By」で話題のタリブ・クウェリ(Talib Kweli)をフィーチャー。パーカッションやホーンセクションのレアグルーヴを思わせるサウンドがタリブのインテリジェンスなラップを引き立てる思わず耳を傾けてしまう存在感ある楽曲。

Comfort Woman(03)

マーヴェリックから最後のリリースとなった作品。安定感のあるベースと浮遊感のあるトラックが印象的なレゲエナンバー(1)「Love Song #1」から始まり、全体的にリラックスしたムードが漂う5作目。全体的に聴きやすい作品ながらも、ポップに振りすぎない気の利いたサウンドが好印象。ジャズ、レゲエ、R&Bをあいまいな境界で混ぜ合わせたようなトラックと、あえて無個性に歌い上げるンデゲオチェロのボーカルが生み出すなんとも言えない空気感はシャーデー(Sade)のようでもある。

Pick Up 「Liliquoi Moon」

ジャック・ジョンソン(Jack Johnson)やドノヴァン・フランケンレイター(Donavon Frankenreiter)を思わせるサーフサウンド。
作品全体を象徴するかのようなリラックスしたムードはもちろんのこと、ソングライターとしてのンデゲオチェロの成熟を感じることが出来る。

The Spirit Music Jamia: Dance of the Infidel(05)

ユニバーサル移籍後初となる作品は、2作前のHipHopアルバム同様、完全に振り切ったJAZZアルバム。随所に見られるマイルス・デイビス(Miles Davis)風のトランペットはマイルスの愛弟子で、20年に惜しくもコロナで亡くなったウォレス・ルーニー(Wallace Roney)によるもの。ジョン・コルトレーン(John Coltrane)の息子、オラン・コルトレーン(Oran Coltrane)によるSAXも印象的な(5)「Dance of the Infidel」他、コンテンポラリーでありながら70年台を感じさせるオーセンティックなJAZZはブルーノート移籍のタイミングでンデゲオチェロを知った方には是非聴いていただきたい一枚だ。

Pick Up 「Heaven」

アルバムの最後を締めくくる本曲は、ダニー・ハサウェイ(Donny Hathaway)の娘、レイラ・ハサウェイ(Lalah Hathaway)が参加するボーカルナンバー。アルバムの最後を締めくくるにふさわしい、抑えの効いた静かで重厚的な楽曲。

Comet,Come To Me(14)

『Comfort Woman』に近いソングライターとしてのンデゲオチェロを感じることの出来る一枚だが、どちらかというとこちらの方がテクニカル。リラックスした空気の楽曲と少し引っかかりのあるデジタル楽曲が同居しているのが特徴であり、比較的聴く人を選ぶ作品とも言える。

Pick Up 「Choices」

「Art Pop」と評される本作を体現しているとも言える一曲。様々な”Too many”を列挙し、常に選択(choise)しながら生きていることを描いた楽曲は非常に詩的。最後に”so many colors”と繰り返すのもまた、ンデゲオチェロのメッセージを強く感じることが出来る。

Ventriloquism(18)

『Comet,Come To Me』同様、フランスのレーベル・ナイーヴからリリースしたカヴァーアルバム。誰もが知る有名な曲からこだわりを感じる知る人ぞ知る曲まで、選曲の妙はもちろんその全ての手触りが優しくンデゲオチェロの曲へと生まれ変わっている奇跡のアルバム。オリジナル作はもちろん、こういった企画盤が面白いのはンデゲオチェロの最大の特徴とも言える。

Pick Up 「Nite And Day」

言わずと知れたアル・B・シュア!(Al B. Sure!)の名曲。あまり派手にいじらず、原曲の良さを活かしたアレンジからもンデゲオチェロが本曲を大事にしていることがわかる。前作のArt Pop路線が地続きとなった美しい一曲。

The Omnichord Real Book(23)

今年ブルーノートよりリリースされた、ンデゲオチェロの最新作。オムニコードという今やレガシー的アナログ電子楽器を冠したタイトル通り、ナイーヴ時代に顕著だったArt Pop路線はそのままに、JAZZ/ファンクの切れ味が増した、より有機的なサウンドが特徴。ジョエル・ロス(Joel Ross)ジュリアス・ロドリゲス(Julius Rodriguez)ら若いミュージシャンの多数参加も含め、ンデゲオチェロの音楽が新たなフェーズへと進んだことを確かに感じることが出来る一枚。

Pick Up 「Omnipuss」

オムニコード特有のチープな音色にグルーヴ感溢れるンデゲオチェロのベースが絡み合うミニマルなファンク。アフロビート的な色合いも含め、久々にグルーヴィーなンデゲオチェロサウンドを感じることが出来る。

Red Hot + Riot:The Music and Spirit of Fela Kuti(02)

Hip HopからJazz、Soulまで、超豪華アーティストが参加したアフロビートの創始者、フェラ・クティ(Fela Kuti)のトリビュートアルバムの1曲「Gentleman」に参加。
ジャンルもスタイルも違うアーティスト達がフェラ・クティの楽曲に触れると全てがアフロビートに変わるという魔法のようなアルバム。
後述するロイ・ハーグローブ(Roy Hargrove)やディアンジェロ(D’Angelo)、エリカ・バドゥ(Erykah Badu)などンデゲオチェロ界隈のアーティストが多数参加しており、アフロビートの入りとしても、ンデゲオチェロ作品の入りとしてもオススメ出来る一枚。

Pick Up 「Gentleman」

Hard Groove/RH Factor(03)

Jazzトランペッター、ロイ・ハーグローブ(Roy Hargrove)のリーダーアルバムに参加。硬軟自在のバラエティに富んだハーグローブのトランペットを抜群の安定感とグルーヴでサポートしているのは流石のひと言。ディアンジェロやエリカ・バドゥなども参加しており、ネオソウル文脈で語られることも多いンデゲオチェロのイメージはこのあたりもあるのかもしれない。

Pick Up 「Poetry」

エリカ・バドゥ(Erykah Badu)Q-ティップ(Q-Tip)も参加した楽曲。
ピアノが引っ張っていく落ち着いたトラックにQ-Tipのラップ、エリカのボーカルと徐々に音数が増えて盛り上がっていく曲構成は圧巻。
後半はドラムおよびンデゲオチェロのベースの独壇場ともいっていいほどのグルーヴを放っているのが印象的だ。

Black Radio /Robert Grasper(12)

グラミー賞も獲得した、『Black Radio』シリーズの第1作であり、ロバート・グラスパー(Robert Grasper)の歴史的名盤に「The Consequences of Jealousy」で参加。最優秀R&Bアルバム賞というカテゴリからもわかる、JAZZという枠組みに捉われないグラスパーの音楽とンデゲオチェロの親和性は非常に高く、本作からンデゲオチェロとブルーノートとの縁が生まれたという意味では、音楽的クオリティだけでなく音楽史的にも非常にエポックメイキングな1作となった。

Pick Up 「The Consequences of Jealousy

透明感あるピアノの音色に乗せてアンニュイなボーカルを提供。バックグラウンドで差し込まれる環境音やコーラスなどアフロミュージックを感じる要素は、ンデゲオチェロ作品との繋がりを感じる。なお『Black Radio』シリーズ最新作のⅢにも参加。

まとめ

オシャレなHip Hopを聴きたいなら
Cookie: The Anthropological Mixtape
良質なJAZZを聴きたいなら
The Spirit Music Jamia: Dance of the Infidel
ンデゲオチェロのグルーヴの源泉を知りたいなら
Plantation Lullabies

この辺りがンデゲオチェロ作品の入りとしてはいいのではないだろうか。

あとは本稿を参考に、是非自分の好きなンデゲオチェロサウンドを見つけて欲しい。

最新作『The Omnichord Real Book(23)

プロフィール

ミシェル・ンデゲオチェロは1969年に米軍に所属していた父親(サックス奏者でもあった)の赴任先だったベルリンで生まれている。本名はメアリー・ジョンソン。ミシェル・ンデゲオチェロは、”鳥のように自由”という意味のスワヒリ語である。ミシェルは70年代の初めに家族と共にベルリンから米国のヴァージニア州に移り、それからワシントンD.C.で暮らすようになる。ワシントンD.C.では、地元のゴー・ゴー・ミュージック・シーンに加わり、クラブで演奏しながらベースの腕を磨いた。加えて、彼女は名門ハワード大学で音楽を学び、本格的にプロのミュージシャンを目指すようになった。ハワード大学は全米でもっとも有名な黒人大学で、ダニー・ハサウェイやロバータ・フラック、リロイ・ハトスンなども、この大学の出身者である。やがてンデゲオチェロは、ニューヨークに進出し、さまざまなバンドのオーディションを受ける。そのバンドの中には、リヴィング・カラーも含まれていて、一時はバンドに加入するという噂も流れた。しかし、ンデゲオチェロはソロ・アーティストとして活動する道を選択する。

単に優れたベーシストという枠にとどまらず、自分で曲を書き、歌も歌い、キーボードやギターなども演奏するし、自らアレンジ。すなわちシンガー・ソングライターにしてマルチ・インストゥルメンタリストであるミシェル・ンデゲオチェロは、一方でこれまで数多くのレコーディングやライヴのセッションに参加し、マドンナ、ローリング・ストーンズ、サンタナ、プリンス、チャカ・カーン、ジョン・メレンキャンプ、スクリッティ・ポリッティ、アラニス・モリセット、ジョー・ヘンリー、サラ・マクラクラン、ベースメント・ジャックス、ハービー・ハンコック、スティーヴ・コールマン、マーカス・ミラー、ハーヴィ・メイスンなど、多彩なアーティストと共演を重ねるなど、今なお活動の幅を広げている。 (Universal Music 公式アーティストプロフィールより抜粋)

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