パレスチナの叫びを乗せる壮絶なプログレジャズ 抒情と激情のピアノ、ファラジュ・スレイマン新譜

Faraj Suleiman - As much as it takes

パレスチナ出身のピアニスト、ファラジュ・スレイマン新作

この凄まじい音楽的エネルギーの根底にあるものは何だろう。変拍子、ポリリズム、中東音楽の伝統的な旋律、迸る即興演奏、そういったテクニカルな部分が本質ではない。彼の音楽を創り上げているものは間違いなく彼の人生であり、そこから湧き起こる濾過されていない激情だ。

パレスチナ出身のピアニスト/作曲家、ファラジュ・スレイマン(Faraj Suleiman)の2023年新譜『As much as it takes』は、道なき道を歩んできたジャズピアニストが到達した最高傑作であり、それでもまだ無限の進化の途中段階と感じさせる驚くべき作品だ。これまでに歌での表現も試みてきた彼だが、今作は全曲がインストゥルメンタル。器楽曲で背景にある物語を想像させる余地を残すどころか、その物語が強烈な痛みを伴って襲い来る感覚すら覚えるほど。

(1)「Single Mother」

収録曲はすべてファラジュ・スレイマンのオリジナルで、曲名には故郷の場所に因む(2)「Akka-Safad」、(8)「Rama Village」や伝統的な婚礼(3)「Dal’ouna in the Galilean Wedding」が付けられている。緊張感のあるリズムとギターのリフが印象的な(5)「On your Toes」はパレスチナ人として居心地の悪さを感じていたイスラエル・ハイファでの生活を描き出す。

(4)「Oriental Melody」(アルバム収録とは別テイク)

(4)「Oriental Melody」と(7)「Have you Eaten?」にはフランスを代表するトランペッターのエリック・トラファズ(Erik Truffaz)が参加している。後者のタイトルは「(音楽家になってご飯を)食べられてるの?」と心配する彼の祖母の言葉だというが、この国際的トランペッターとの共演は(彼女がジャズに少しでも関心があるのであれば)その心配を吹き飛ばすものだろう。

アルバムのラストを飾る(11)「Return」には、望郷の想いが滲む。

アルバムはスイスで録音され、ギター奏者ルイ・マトゥテ(Louis Matute)、ベース奏者ジュール・マルティネ(Jules Martinet)、ドラムス奏者アルベルト・マロ(Alberto Malo)のスイス勢と、ファラジュと同郷のウード奏者2人ダルウィッシュ・ダルウィッシュ(Darwish Darwish)とハビブ・シェハデ・ハンナ (Habib Shehadeh Hanna)が参加している。
ジャズと伝統音楽、プログレッシヴ・ロックやヘヴィーメタルとの高次元の融合はしばしばアルメニアのティグラン・ハマシアン(Tigran Hamasyan)の音楽を想起させる。

パレスチナ初のジャズピアニスト

ファラジュ・スレイマン(Faraj Suleiman)は1984年、パレスチナ北部のラマ村で生まれた。
3歳からピアノを始めてはいるものの、両親は父がおもちゃ商人、母が花屋という音楽的な環境ではなかった。唯一母方の叔父がヴァイオリンでアラビア音楽を演奏する人物であったため、幼少期はこの叔父の傍で多くの時を過ごした。

少年期は故郷の町で同世代のほかの少年たちと同じようにサッカーをして過ごした彼だったが、青年期の終わりに再び音楽に傾倒。そしてイスラエルの音楽教師アリー・シャピラ(Arie Shapira, 1943 – 2015)と決定的な出会いを果たし、音楽のみならずイスラエル人とパレスチナ人の間に横たわる様々な問題も議論する仲に。パレスチナでは周囲にロールモデルのない中で、ジャズ・ピアニストへの道を志すようになった。

2014年にソロピアノ作品『Login』でデビューし、以降毎年のように精力的に作品をリリース。2018年にはスイスのモントルー・ジャズフェスティヴァルに出演し、その模様はライヴ盤『Live at Montreux Jazz Festival 2018』で聴くことができる。
ピアノを中心としたバンド編成のインスト作品のほか、パレスチナの気鋭のジャーナリスト/詩人マジュド・カヤル(Majd Kayyal)と組んだ『Better Than Berlin』(2020年)や『Upright Biano』(2023年)といったヴォーカル作品も。さらには映画音楽を手がけるなどその創作活動は多岐にわたる。
現在はイスラエル・ハイファとフランス・パリを拠点に活動。

Faraj Suleiman – piano, keyboards
Louis Matute – guitar
Jules Martinet – double bass
Alberto Malo – drums
Darwish Darwish – oud
Habib Shehadeh Hanna – oud

Guest :
Erik Truffaz – trumpet (4, 7)

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