ダーティ・サウスは終わらない。Sauce Walka 『DAT BOY DEN』

皆さんはHipHopと聞いて何を思い浮かべるだろうか?
今ではR&B、更にはポップスとの境界までなくなりつつあるHipHopであるが、以前はこの質問をするとなんとなくその人のHipHopの嗜好がわかったものであった。
HipHop発祥の地・NYをはじめ、サンプリングを中心に数多くのクラシックを生み出したイーストコースト。
N.W.Aやスヌープ・ドッグをはじめとしたリアルギャングスタ達がPファンクの影響を感じる浮遊感のあるトラックで東とは全く違うカルチャーを形成したウエストコースト(しばしばウェッサイなどとも呼ばれる)。
西と東でこれだけ個性の分かれるHipHopにおいて、第三の勢力が台頭したのはちょうど2000年前後であったと記憶している。
「ダーティ・サウス」とも呼ばれる南部のHipHop。
グッディ・モブ(Goodie Mob)にはじまり、クランクで一世を風靡したリル・ジョン(Lil’ Jon)、グラミー賞アーティスト・アウトキャスト(Outcast)、そして「キング」T.I etc…。
超有名ラッパーを多数輩出するサウスHipHop界。
その中で今注目したいのがこのソースウォーカ(Sauce Walka)だ。

サウスHipHopにおけるヒューストンの歴史

サウスHipHopはその名の通りアメリカ南部のHipHopの総称であるが、その中でもホットなエリアが、ジョージア州アトランタ、フロリダ州マイアミ、ルイジアナ州ニューオリンズ、テキサス州ヒューストン。
アトランタは上述のアウトキャストが有名だし、マイアミはキューバ系ではあるがピットブル(Pitbull)や、リックロス(Rick Ross)がいる。ニューオーリンズは古くはマスターP(Master P)、今ではリル・ウェイン(Lil’ Wayne)が自身のレーベル・キャッシュマネー帝国を築いている。
そしてその中でも最も歴史の深いのがヒューストンだ。
スカーフェイス(Scarface)を輩出したゲトーボーイズ(Geto Boys)があまりにも有名だが、DJ Screwの存在を忘れてはならない。日本ではあまり馴染みがないが、サウスHipHop発祥の「Screwed & Chopped」という手法を発明したのがこのDJ Screwであり、とりわけ南部および黒人コミュニティでは重要なサウンドとなっている。
既存の楽曲のピッチを落としスローにし、特定のフレーズを繰り返すこの手法は、アメリカの咳止めシロップに含まれるコデインと呼ばれる麻薬成分の過剰摂取による酩酊状態を表しているとも言われ、南部の黒人コミュニティとマイノリティを描いてアカデミー賞を受賞した2016年映画『ムーンライト』でも効果的に使われている(なお、同映画の舞台はアトランタ)。

レペゼン・ヒューストン。テキサスで一大帝国を築くソースウォーカ。

そのような歴史と特徴を持つヒューストンのHipHopにおいて、プレゼンスを高めているのがソースウォーカだ。
2015年にドレイク(Drake)をディスる「Wack 2 Wack」で注目を集めると、同時期に自身のレーベルThe Sauce Factory(TSF)を設立。
Rizzoo Rizzoo,Peso Peso,Sauce Gohan,Sosamannなど、まだ日本ではあまり知られていないがスキルフルなラッパーを数多く擁し、本作でも上述のPeso Peso,Sauce Gohanの他、Sauce WoodWinnin,44 Mike Deezyらが参加している。

ソース・ウォーカを一躍有名にしたドレイクのディスソング「Wack 2 Wack」

では、その音楽性はどうか。
一聴してわかる通り、サウンドはトラップ1である。
なんだ、結局はメインストリームじゃないか。と思われる方もいるかもしれない。
ただ、待ってほしい。
そもそもトラップはサウスHipHopが起源であり、サウスの音楽なのである。

サウスサウンドがメインストリームで流行るという現象は今に始まったことではない。
2000年代初め、リル・ジョンが始めたクランクがメインストリームのR&Bアーティストを中心に盛り上がりを見せたのはまさにその典型だろう。
個性的なサウンドと中毒性のあるビート。
そう、サウスのサウンドは金になるのだ。
そしてメインストリームに組み込まれたサウスサウンドはいつしか大衆的なものになり、画一的なものになっていく。
そういった意味では冒頭で述べた質問に対して、現在のHipHopリスナーが明確な答えを持ち得ないのも当然なのである。
もはやイーストコーストもウェッサイもサウスもなく、どれもがメインストリームサウンドになり得るからだ。

メインストリームのR&Bアーティストはサウスのサウンドにいち早く目をつけた。

そういった意味では上述のようにドレイクをディスったソースウォーカの行動もわからなくはない。
実際にドレイクをディスった2015年は彼がトラップ楽曲「Jumpman」をリリースしたタイミングでもある。

  1. 重低音を強調したビートにハイハットの連続音で構成されるHipHop ↩︎

最新作『DAT BOY DEN』にみるヒューストンHipHopのトーン&マナー

本作は今やメインストリームサウンドであるトラップであるものの、明確にヒューストンHipHopマナーに沿った内容に仕上がっている。 

ヒューストンHipHopに関してはこのサイトで非常に詳しく考察されているのでぜひご覧いただきたいが、押さえておきたいキーワードとしては4つ。
「車」「フッド(仲間)」「シロップ」そして「Screwed & Chopped」である。
ヒューストンHipHopで頻出するキーワードのひとつである「車」はMVはもちろんリリック上でも数多く登場する。
HipHopにおいて車は「乗り回す」=女性のメタファーであることが多く、ニューヨークHipHopではベントレーやBMW、ベンツと言った高級車が、ウェッサイにおいては車高を低くしたローライダーと呼ばれる車を上下に跳ねさせる”ホッピング”がよく描かれるが、シングルカットされた(4)「Only Fans」(8)「Rollin’ In」に映し出されるのは派手な改造車だ。
いわゆる田舎町であるヒューストンにおいて、車は必要な交通手段であると同時に個性を表すファッションでもある。そういった文化的背景は本作でもキチンと表現されている。

(8)「Rollin’ In」

同様に文化的背景として、ヒューストンHipHopは地元のラッパー同士のコミュニティが非常に強く、そこに人種的な隔たりがないのも特徴のひとつと言えるだろう。
TSFの一員でもあり、本作でも(16)「Loud Enuff」に参加するPeso Pesoはメキシコ系であり、過去作ではLil Sauce Whiteと呼ばれる日本人もソースウォーカ作品に参加。全く違う人種でありながら同じSauceという冠名を与えていることからも、人種を越えた繋がりを重視していることがわかるはずだ。

Lil Sauce Whiteが参加する「Karate Body」。Voochie Pのナヨナヨしたラップも含め、クセになる1曲。

「シロップ」に関しては、既に言及したコデインのことである。
表題曲の(1)「DAT BOY DEN」および上述の(4)においても、それらしき液体とそれを注ぐような描写が描かれており、ヒューストンHipHopにとって切っても切れない要素であることは間違いない。

(1)「DAT BOY DEN」

そして、やはりヒューストンHipHopといえば誇るべきサウンドプロダクツ、Screwed & Choppedの存在である。
本作においても(18)「RIP Pokey Freestyle」はScrewed & Chopped楽曲であり、ソースウォーカにおいては、過去Screwed & Choppedのみのアルバムもリリースしている。
なお、PokeyというのはDJ screwのユニットScrewed Up Click のメンバーで23年に急逝したビッグ・ポーキー(Big Pokey)のことであり、このことからもヒューストンHipHopおよびソースウォーカがいかにDJ screwの残したサウンドを大事にしているかを知ることが出来る。

(18)「RIP Pokey Freestyle」

同じトラップでありながら、メインストリームに比べ決して派手ではない本作。
しかし、こういった背景を踏まえて聴いてみるとまた違って聴こえるのではないだろうか。

ダーティサウス。
今でこそ死語になりつつあるこの言葉も、キチンとその地域に目を向ければ今も生き続けている。
次はどんなHipHopがこのサウスの地から誕生し、メインストリームを賑わすのであろうか。
HipHopの楽しみは尽きない。

プロフィール

Mostheardと呼ばれるヒューストンのラップグループの一員として、2007年にA-Walkという名前でラップのキャリアをスタート。
2014年にソース・ウォーカとしてミックステープをリリースし始め、同じ年に別のラッパー、サンチョ・ソーシー(Sancho Saucy)とのデュオ、ソース・ツインズ(Sauce Twins)を結成。
「drip」「woo eee」「samurai!」と言った決め台詞が特徴。特に「drip」はHipHopスラングとして現在では広く使われている。
また近年では、A$AP Rocky, Bun B, Chief Keef, Lil’ Keke, Maxo Kream, Migos, Slim Thug, Travis Scott, Trinidad James and XXXTentacionなどメジャーアーティストとのコラボも多い。(wikipedia より抜粋)

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