アンドレ・メマーリ、ブラジル音楽史に埋もれた作曲家を甦らせる新譜『Sombra e Luz』

André Mehmari - Sombra e Luz

アンドレ・メマーリ、ショーロ作曲家マルセロ・トゥピナンバを弾く

ブラジル随一のピアニスト、アンドレ・メマーリ(André Mehmari)が新しいソロピアノ・アルバム『Sombra e Luz』をリリースした。これはショーロ黎明期の作曲家マルセロ・トゥピナンバ(Marcello Tupynamba, 1889 – 1953)の作品集で、これまでに作家単体をテーマとしたアルバムとしてはエルネスト・ナザレー作品集『Ouro Sobre Azul – Ernesto Nazareth』(2014年)やノエル・ホーザ作品集『Noël: Estrela da Manhã』(2020年)に続くものとなる。

マルセロ・トゥピナンバという作曲家は日本ではそれほど知名度がないかもしれない。近年ではショーロの人気ピアニスト、エルクレス・ゴメス(Hercules Gomes)がアンドレ・メマーリのスタジオ「Estúdio Monteverdi」で録音したマルセロ・トゥピナンバ曲集『Sarau Tupynambá』をリリースしているが、ほかに彼の曲を耳にする機会自体があまりなさそうだ。エルクレス・ゴメス自身、マルセロ・トゥピナンバを初めて知ったのは2014年に開催された生誕125周年を祝うショーでとのことで、アンドレ・メマーリもエルクレス・ゴメスを通じて今回の作品への意欲が刺激された可能性もある。

ショーロ黎明期の作曲家マルセロ・トゥピナンバ

マルセロ・トゥピナンバ、本名フェルナンド・ロボ(Fernando Lobo)はサンパウロ州チエテに1889年に生まれた。大学では土木工学を学び技術者として働いたが、転職は音楽であると感じていたらしい。1914年、彼はダントン・ヴァンプレ(Danton Vampré)のミュージカル『São Paulo Futuro』に音楽を付けた。当時、音楽家は好意的に見られていなかったため、彼は本名ではなくマルセロ・トゥピナンバというペンネームを採用した(他にもBiograph, Samuel de Maio, XYZ, Hélio Azevedo, L. Azevedo, Pedro Gil といった複数の偽名を生涯のうちに用いている)。

彼は生涯で多くの曲を書き、楽譜や録音にも残した。主にPD(パブリック・ドメイン)となった作品の楽譜を扱う国際楽譜図書館プロジェクト(IMSLP, International Music Score Library Project)には100曲以上の彼の楽譜が保存されている。(IMSLP Category:Tupinambá, Marcelo

アンドレ・メマーリ、ユーモアも交えてマルセロ・トゥピナンバを弾く

アンドレ・メマーリという音楽家は本当に自由で、“音楽”そのもののような存在だと思う。
技術的に卓越しているのはもちろん、音楽的感性の面でも卓越している彼が弾く16のマルセロ・トゥピナンバの楽曲群は、聴けば聴くほどに味わい深い。演奏は原曲への大いなるリスペクトが根底にあることを大前提とするが、記録としての楽譜をただなぞるのではなく、彼なりの解釈を加えた演奏は即興の部分も含め瑞々しく予測不可能で、時折ほかの名曲からの数小節の引用というユーモアも交えたピアノは毎度のことながら聴き応えも抜群だ。

必聴は古いショーロの様式美と流麗なジャズの即興の融合が美しい(3)「Canto Chorado」や(6)「Tristeza de Caboclo」、前述のエルクレス・ゴメスのEPにも収録されていた深く思慮的な(11)「Coração」など。いずれの曲もテンションコードなど創造的な工夫が加えられており、マルセロ・トゥピナンバのというショーロの歴史に埋もれがちな作曲家に、新たな視点で光を当てる内容となっている。また、収録曲のうち3曲はこれまで全く録音されてこなった曲とのことで、その点でも価値がある作品と言えるだろう。

アンドレ・メマーリによるマルセロ・トゥピナンバ曲集『Sombra e Luz』のEPK

アルバムのラストに収録された約8分間の(17)「Retrato de um Pierrô Bem Acompanhado (variações)」(直訳:伴奏ピエロの肖像(変奏曲))のみ、アンドレ・メマーリの作曲。メロディーも構成もマルセロ・トゥピナンバに強く影響されているが、その上でアンドレ・メマーリのこれまでの作品を思わせる個性も滲み出る。

André Mehmari プロフィール

ピアニスト/作編曲家のアンドレ・メマーリ(André Mehmari)は1977年、リオデジャネイロ州の都市ニテロイにレバノン系の家系に生まれた。5歳から音楽を学び、10歳の頃から独学でジャズや即興音楽を学び、作曲も始めた。その頃から既にプロとしてピアノ、オルガンのコンサートに出演。15歳の頃には音楽院でオルガン、ピアノを教えるようになる。

サンパウロ大学(USP)で1990年に創立されたコンテスト「Prêmio Nascente」で1995年にポピュラー音楽作曲賞、1997年にクラシック音楽作曲賞を受賞。以来、マリア・ベターニア(Maria Bethânia)、ミルトン・ナシメント(Milton Nascimento)、セルジオ・サントス(Sérgio Santos)、ギンガ(Guinga)、モニカ・サウマーゾ(Mônica Salmaso)、トニーニョ・オルタ(Toninho Horta)、フラヴィオ・ヴェントゥリーニ(Flávio Venturini)、アライヂ・コスタ(Alaíde Costa)といったブラジルを代表する数多の音楽家と共演をしている。

ピアニストや作編曲家としてジャズ、クラシック、ポップスなどジャンルの垣根を越え高い評価を得ているが、自身の作品ではピアノ以外の楽器を演奏することも多く、ギター、ヴァイオリン、コントラバス、フルート、トランペット、ホルン、パーカッションなど多彩な楽器を自在に演奏するマルチ奏者でもある。彼の音楽は従来の様式にとらわれず自由で、プロデューサーとしても優れた作品を数多くリリースしている。
自身の代表作は『Canteiro』(2007年)など。

André Mehmari – piano

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