アルメニア文化圏を中心に爆発的人気、Ladaniva
毎年5月に開催されるヨーロッパ最大の音楽コンテスト、ユーロビジョン・ソング・コンテスト。加盟各国が国を挙げて競うこの大会、古くはABBAやセリーヌ・ディオン(Céline Dion)、近年はマネスキン(Måneskin)など優勝をきっかけに世界へと羽ばたいていったグループは多い。
今年の出場者たちの楽曲はYouTubeの公式チャンネルでも聴くことができる。個人的には好みに刺さる曲はほとんどないのだが、今年はめちゃくちゃ面白いアーティストがいた。それが、今回紹介のアルメニア代表として出場するラダニヴァ(Ladaniva)だ。
ロシアの自動車メーカー、アフトヴァースの小型SUVであるラダ・ニヴァ(Lada Niva)に由来するグループ名を持つLadanivaは、男女2人のデュオ・グループだ。アルメニアとベラルーシにルーツを持つヴォーカルのジャクリーン・バグダサリアン(Jaqueline Baghdasaryan / Zhaklin Baghdasaryan)と、フランス出身のトランペット/マルチ器楽奏者ルイ・トマ(Louis Thomas)によって、2019年にフランス北部の都市リールで結成されている。
彼女らのユーロビジョンのエントリー曲「Jako」はなんとも魅力的な曲で、一聴して虜になってしまった。中東音楽の旋律、北アフリカのリズム、ジプシー音楽の酔狂、哀愁の混ざったなんとも温かいトランペットの音色。ブラジルの弦楽器カヴァキーニョ。4拍12連の躍動するグルーヴ。そうしたごちゃ混ぜ民族音楽の魅力を保ちながら、ジャクリーンのキュートなヴォーカルによって適度な“ポップス”に仕上げるセンスも抜群だ。ラダニヴァの楽曲は、2017年のユーロビジョン優勝者サルヴァドール・ソブラル(Salvador Sobral)が“花火大会”と一蹴した後にあってもその状況がほとんど変わらない大衆ウケの小手先の楽曲群の中で、特別な存在感を放っていた。
この曲を聴いて興味を持ち、彼女らの2023年リリースのデビュー・アルバム『Ladaniva』を聴いてみたが、これがまた素晴らしい。典型的なバルカン音楽の特徴を妙にポップに魅せる(2)「Shakar」、短調のトニックにメジャーコードを紛れ込ませ独特の浮遊感を生む(4)「Wayo Waya」、レゲエとバルカン音楽が融合した(8)「Ne Do Sna」などなど、収録曲はいずれも素晴らしい。
“音楽に国境はない”は通説だが、伝統的な音楽を深くリスペクトしつつ現代的な解釈を加え、独自のサウンドを作り上げるLadanivaにとって、国境という概念など最初から存在しないかのようだ。
Ladaniva これまでの歩み
歌手ジャクリーン・バグダサリアンは1997年にアルメニアのイェゲグナゾールで生まれ、ベラルーシのミンスクで育ち、2014年に母親とともにフランスに移住した。クラシック音楽から始めたが、その後ジャズに深く傾倒。フランスではリール音楽院で学びながら、いくつかのバンドの一員としてさまざまな音楽祭に参加するなど活動していた。
ルイ・トマは1987年にリールの音楽家一家に生まれ、7歳でトランペットを吹き始めた。リール音楽院でジャズを学んだ後、楽器を持ってアフリカやラテンアメリカを旅し、伝統音楽との出会いを通じて各地の音楽に触れていった。
ジャクリーンとルイは、リールのバーでのジャズ・セッションの夜に出会い意気投合。アルメニアを始めとする2人の文化的背景や音楽の知識を組み合わせ、ラダニヴァのクリエイティヴな基盤を形作った。2020年にYouTubeにアップしたアルメニア語で歌われる曲「Vay Aman」のヴィデオはリリース後すぐにアルメニア人のコミュニティの間で有名になり、瞬く間に200万回以上の再生回数を記録。その後9月にアップされた「Kef Chilini」は、わずか数か月で1800万回の再生回数に達した。
2023年にセルフタイトルのアルバム『Ladaniva』をリリース。収録曲「Jako」は2024年ユーロビジョン・ソングコンテストでのアルメニア代表としてエントリーされた。