エズラ・コレクティヴ新譜『Dance, No One’s Watching』
2022年リリースのアルバム『Where I’m Meant To Be』で、ジャズバンドとして史上初めてマーキュリー賞1を受賞した頃から、UKジャズの中心には常にエズラ・コレクティヴ(Ezra Collective)という存在があった。ジャズバンドがおおよそ到達できるものとは多くの人が思ってもいなかった高みに到達した彼らは、多くの人々に音楽的な豊かさや発見をもたらし、そのポジティヴな音楽は人々を勇気づけた。
そんな彼らエズラ・コレクティヴの2024年の新作『Dance, No One’s Watching』は、バンドリーダーでありドラマーのドラマー兼バンドリーダーのフェミ・コレオソ(Femi Koleoso)によると「自由の宣言」なのだという。「このアルバムは、周りに何があろうと、誰が何と言おうと、自分がなりたい自分になれるということを歌っている。なぜなら、深いレベルでは、“誰も見ていない”のだから」
アルバムのタイトル“踊れ、誰も見てはいない”は、現代社会の中で鬱屈とした気分で生きる世界中の人々への力強いメッセージだ。誰もが自分の人生を楽しむべきだと訴える彼らの音楽は、今作でよりダンサブルなサウンドへとシフトし、アフロビートやハイライフといったアフリカ音楽の要素を強力に取り入れながら進化している。
幸せの予感をもたらすレゲエ/ダブの(1)「Intro」から始まる今作は、小品も交えながらの全19曲、約1時間のヴォリューム。(2)「The Herald」は“喜びをもたらす者”を意味し、それはダンスフロアの形容でもある。絶妙な軽やかさが気分を良くしてくれる(3)「Palm Wine」は、ソロでも活躍するバンドの鍵盤奏者ジョー・アーモン・ジョーンズ(Joe Armon-Jones)のピアノが冴え渡る。
ロンドンのジャズ/ネオソウルのシーンを牽引する歌手ヤズミン・レイシー(Yazmin Lacey)をフィーチュアした(5)「God Gave Me Feet For Dancing」は今作のハイライトのひとつだ。内省、情熱の目覚め、葛藤を経て辿り着こうとする新しい未来。この曲の中ではその未来は訪れぬまま楽曲が終わるが、つづく(6)「Ajala」では殻を破ったかのように発散し、この流れも楽しい。
そこから先はしばらくシームレスに曲がつながってゆき、このアルバムのコンセプトとして人生における冒険や探求が掲げられていることに気づかされる。もうひとりのネオソウル・シンガー、オリヴィア・ディーン(Olivia Dean)が歌う(10)「No One’s Watching Me」がアルバムの次のターニング・ポイントだ。
洗練されたサウンドの中にも、体を自然と踊らせる原初的な音楽の喜びが詰まった作品だと感じる。作曲や編曲面では音楽的に高度なことをやっているわけではないが、この1時間の音楽体験は多くの人にとって心の奥底に抑圧されたプリミティヴな感性を呼び起こす、貴重な時間となるだろう。
Ezra Collective :
Femi Koleoso – drums
TJ Koleoso – bass
Ife Ogunjobi – trumpet
James Mollison – tenor saxophone
Joe Armon-Jones – synthesiser
Guests :
Yazmin Lacey – vocal (5)
Olivia Dean – vocal (10)
M.anifest – vocal (15)
Moonchild Sanelly – vocal (15)
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- マーキュリー賞(Mercury Prize)…英国もしくはアイルランドで毎年最も優れたアルバムに対して贈られる、英国で最も権威ある音楽賞。英国の音楽賞としてはブリット・アワード(Brit Awards)も有名だが、こちらは米国のグラミー賞のように部門ごとに受賞作品が選ばれる上、商業的な成功を称える意味合いが強い。一方のマーキュリー賞は、知名度にかかわらず芸術的な功績を重視し、あらゆる音楽ジャンルから選出された12のノミネート作品の中から、1作品にその栄誉を与える。 ↩︎