パレスチナ出身のピアニスト、Faraj Suleiman
パレスチナ出身のファラジュ・スレイマン(Faraj Suleiman)という凄いピアニストがいる。彼は1984年パレスチナ北部のアッパーガリラヤ(Upper Galilee)生まれ。アラビア音楽に影響された独特の感性で、近年ヨーロッパや中東でのジャズフェスティバルでも活躍する若い音楽家だ。
わずか3歳からピアノを始めてはいるものの、両親はおもちゃ商人と花屋という音楽的な環境ではなかったようだ。唯一母方の叔父がヴァイオリンでアラビア音楽を演奏する人物であったため、幼少期はこの叔父の傍で多くの時を過ごした。
少年期は故郷の町でサッカーをして過ごした彼だったが、青年期の終わりに再び音楽に傾倒。そしてイスラエルの音楽教師アリー・シャピラ(Arie Shapira, 1943 – 2015)と決定的な出会いを果たし、音楽のみならずイスラエル人とパレスチナ人の間に横たわる様々な問題も議論する仲に。そうして彼の道は音楽に定まった。
パレスチナといえば、日本では紛争のニュース関連でしか聞かない国だ。ファラジュ・スレイマンは現在はフランスのパリを拠点にしているが、パレスチナ人としてのアイデンティティを失うことはない。
2014年に魂が叫びをあげるような傑作ソロピアノ作品『Login』でデビュー(これも素晴らしい内容だ)。以降、ミュージカルや子供向けの音楽の作曲も含め多様な仕事をこなしている。
本記事で重点的に紹介する『Once Upon a City』は2017年の作品だが、彼の鬼気迫る音楽を知る上でまず最初に聴くべきはこれだろう。
彼の音楽は、バッハやドビュッシーといった西洋のクラシック音楽、米国で発展したジャズのリズムや即興手法、そしてアラビア音楽の旋律が等しくルーツにあるおそらく多くの人がこれまでに聴いたこともないような斬新なもので、その上途方もなく表情豊かで美しく、最高にかっこいい。
ピアノトリオ+ウードで演奏される傑作『Once Upon a City』
2017年作『Once Upon a City』はピアノトリオ編成を基本としつつ、多くの楽曲に著名なウード奏者ハビブ・シェハーデ・ハンナ(Habib Shehadeh Hanna)が加わり、よりアラビックな印象を強くしている。
(1)「Eleven and Twelve」のイントロでの激しく刻まれるピアノの低音の旋律はいきなりの衝撃。渦巻くようなグルーヴにアラビックな音階で表現される5分半の変幻自在のトリオ演奏は驚きに満ちている。
圧巻なのはアゼルバイジャンのムガームジャズを彷彿とさせる(2)「Beneath the Walnut Tree」や(3)「Three Steps」といった楽曲群だ。クラシック上がりらしい粒の揃った綺麗なピアノで、その激情をアラビックなアドリブの旋律に乗せる。
本作は全曲がファラジュ・スレイマン自身の作曲。彼は「現代のパレスチナ音楽を作りたい」と語る。
このユニークな音楽は、今もこれからも無限に再発明され続けるジャズという音楽にとっても重要な作品だと思う。
とんでもない作曲家/ピアニストがパレスチナから現れた。
2019年には自身がピアノだけでなくヴォーカルも取った作品『Second Verse』も発表している。
Faraj Suleiman – piano
Rami Nakhleh – drums
Shady Awidat – bass
Habib Shehadeh Hanna – oud