バルカン・ジプシーパンクの雄、ノー・スモーキング・オーケストラ最新作
いつの間にかエミール・クストリッツァ&ノー・スモーキング・オーケストラ(Emir Kusturica and the No Smoking Orchestra)の最近作『Corps Diplomatique』(2018年)がサブスクで聴けるようになっていた。(…と同時に、同バンドの伝説的名盤『Unza Unza Time』(2000年)はサブスクから消えていた…)
今日までこんなアルバムが出ていたことすら知らなかったので、興奮に心踊らせながら聴いてみたが、もう1曲目から名盤を確信せずにはいられない音楽の快楽に満ちた作品だった。クストリッツァ映画にはお馴染みの口琴(Jew’s Harp)のイントロ、そして洪水のように押し寄せるブラス。シンセサイザーの音もこのバンドでは新鮮だ。(2)「Tarentella」では懐かしのウンザ・ウンザのリズム。社会を風刺し皮肉るパンクの精神。バルカン半島に色濃く残るジプシー文化に根ざした感傷的なコード進行とメロディー。全てが完璧だ…。
(3)「Mila Gora」はなぜかブラスバンドを引き連れて勤務先の会社に押しかけ、上司に辞表を突き付けて派手な演奏と共に退出するという衝撃的な退職動画で話題となった俗に言う“退職のテーマ”(元はクストリッツァ映画『黒猫・白猫』のテーマ曲「Bubamara」。『Unza Unza Time』に収録)を彷彿とさせるし、(4)「Comandante」も往年のノー・スモーキング・オーケストラの勢いそのままに、よりダイナミックになった名演だ。
個人的に堪らないのは同名の映画のテーマ曲のアレンジ、再収録である(10)「Life is a Miracle」だ。私はテーマ曲も含めクストリッツァ映画の中で最も好きなのは『ライフ・イズ・ミラクル』(2004年)なので、アルバムにこのタイトルを見つけた瞬間、この曲の再生ボタンに瞬間移動した。リズムもコード進行にもアレンジが加わったこの再録は、戦争の中の日常や、国籍も宗教も超えた恋といった普遍的なテーマを描いた同名映画の切なすぎるストーリーをまざまざと思い起こさせる。
この曲に限らず、今作に収録された曲はどれもクストリッツァの個性的な映像美が思い描かれるものばかりで、前述の名盤『Unza Unza Time』と共に、長く愛聴するだろうという確信しかない。
ノー・スモーキング・オーケストラの歴史
ノー・スモーキング・オーケストラ(The No Smoking Orchestra)は1993年にネレ・カライリチ(Nele Karajlić)を中心に結成された。政治的な発言などでトラブルとなり解散したその前身バンド、ザブランエノ・プセンエ(Zabranjeno Pusenje)は1980年に結成されているから、前身バンド時代も含めるとその歴史は相当に長い。
ギターを担当するエミール・クストリッツァ(Emir Kusturica)のバンドへの正式加入は1998年だが、彼は前身バンドにも1987年頃に一時的に参加している。
バンドのドラマーは1996年に加入したエミール・クストリッツァの息子のストリボール・クストリッツァ(Stribor Kusturica)。同じバンドでツアーをする親子の葛藤などは同バンドのドキュメンタリー映画『Super 8』(2001年)にも描かれている。
ノー・スモーキング・オーケストラは2000年に前述の名盤『Unza Unza Time』(2000年)をリリース。パンク精神溢れるジプシーブラスのサウンドは今聴いても新鮮な驚きに満ちている。
ライヴでも派手なパフォーマンスを見せていたヴォーカルのネレ・カライリチだが、2012年に脱退。
その後エミール・クストリッツァがバンドの看板を背負い、11年ぶりのスタジオアルバムとして登場したのが本作『Corps Diplomatique』だった。バンドはこのアルバムを引っ提げ、日本を含む世界各地でツアーも行っている。
巨匠クストリッツァ、最新映画『世界でいちばん貧しい大統領』も公開開始!
さて、このバンドではフロントマン兼ギタリストのエミール・クストリッツァだが、本職はご存知の通り映画監督である。
最新作は私利私欲とは無縁の“世界一貧しい大統領”として話題になった南米ウルグアイの元大統領、ホセ・ムヒカのドキュメンタリーだ。カンヌ映画祭で世界最多となる2度のパルムドールを受賞した巨匠が、この稀有な政治家をどう描いたか注目したい。
映画は2020年3月27日に公開された。
The No Smoking Orchestra :
Emir Kusturica – rhythm guitar, lead guitar, backing vocals
Dejan Sparavalo – violin, backing vocals
Stribor Kusturica – drums, percussion, backing vocals
Zoran Milošević (Zoki) – accordion
Nenad Petrović (Neša) – saxophone
Zoran Marjanović (Čeda) – percussion, drums
Goran Popović (Pop) – tuba, trumpet, bass guitar