母親になったグレッチェン・パーラト、包容力と優しさに満ちた傑作新譜

Gretchen Parlato - Flor

グレッチェン・パーラト新譜は「É Preciso Perdoar」で始まる

米国のシンガー、グレッチェン・パーラト(Gretchen Parlato)の新譜『Flor』は(1)「É Preciso Perdoar(邦題:許してあげよう)」で幕を開ける。彼女は過去作でも南米、とりわけブラジルの音楽を好んで取り上げてきたが、この素晴らしい曲をアルバムの“顔”に持ってきてくれたのが個人的にはとても嬉しい驚きだった。

1976年カリフォルニア州ロサンゼルス生まれのグレッチェン・パーラトは、多感な十代前半の頃、母親のレコードを漁っていて偶然ジョアン・ジルベルトとスタン・ゲッツのアルバムを見つけそのシンプルで美しい音楽に衝撃を受けたという。それから30年が経過した今もブラジル音楽を歌い続けていることが、この出来事が一種のターニングポイントであることを証明している。
(1)「É Preciso Perdoar」はジョアン・ジルベルトが『Joao Gilberto(邦題:三月の水)』(1973年)と『The Best of Two Worlds』(1976年)で立て続けに録音しており、おそらくは彼女もこのどちらかを聴いて気に入っていたのだろう。
イントロと歌い出しはしばらくワンコードで進行するが、その後半音進行を軸にした複雑な怒涛のコードチェンジがまるで魔法のように美しく、底知れない魅力を秘めた曲だ。今作でのグレッチェン・パーラト・ヴァージョンも余計なリハーモナイズなどを加えることなくギターとチェロ、パンデイロといった小編成をバックに英語とポルトガル語で歌い上げ、早くも今回のアルバムが素晴らしい作品であることを確信させてくれる。

(1)「É Preciso Perdoar」

その後もブラジル音楽の中でも屈指の美しい旋律を持つピシンギーニャの名曲(4)「Rosa」を歌っていたり、ロイ・ハーグローヴ作の(6)「Roy Allan」ではアイルト・モレイラ(Airto Moreira)が昔と変わらない元気なパーカッションと声を久々に聴かせてくれたりと、言葉にならないような感慨を与えてくれる。今作はレギュラーバンドにブラジル人ギタリストのマルセル・カマルゴ(Marcel Camargo)、パーカッションもブラジル人のレオ・コスタ(Léo Costa)という布陣で、ここにさらにアルメニアの鬼才チェリスト、アルチョーム・マヌーキアン(Artyom Manukyan)も参加。これまでの作品以上にグレッチェン・パーラトの“声”の表現の魅力を引き出せる素晴らしい編成になっていると思う。

優しさに満ち溢れた音楽

(3)「Magnus」はグレッチェン・パーラトとマグナス・トンプソン(Magnus Thompson)との共作(当時5歳だったマグナスが母親のお腹の中にいる弟に向かって歌っていたフレーズが元になっている)で、これもまた素晴らしい。さりげなく6/8+7/8という変拍子だが子どもたちの声も重なって温かみのある名曲・名演だ。

そして今作には彼女の夫でもあるドラマー、マーク・ジュリアナ(Mark Guiliana)もゲスト参加。息子マーリー(Marley)を想う彼女の優しい母性を感じさせるオリジナル曲(7)「Wonderful」、そして夫とも関わりの深いスター、デヴィッド・ボウイのカヴァー(9)「No Plan」はスケール感も豊かに展開される。

アルバムタイトルの「Flor」、つまりポルトガル語で“花”とは母性の比喩でもある。出産と育児のためしばらく自身のアルバム制作からは遠ざかっていたグレッチェン・パーラトだが、この稀代のシンガーの復帰作は母親という新たな立場になったことで視点が変化した彼女からの最高の贈り物だ。彼女の歌と音楽は、あらゆる生命の存在を肯定するナチュラルで優しい包容力に満ちている。

グレッチェン・パーラト新譜『Flor』のEPK

Gretchen Parlato – vocal
Marcel Camargo – guitar, musical direction
Artyom Manukyan – cello
Léo Costa – drums, percussion

Guests :
Mark Guiliana – drums
Gerald Clayton – piano
Airto Moreira – voice, percussion

Gretchen Parlato - Flor
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