Zela Margossian Quintet 『Remedy』
西洋クラシック音楽を深く学びながら、自身のルーツであるアルメニアの民族ジャズに強く惹かれ、ジャズピアニストになったレバノン生まれ・オーストラリア在住のゼラ・マルゴシアン(Zela Margossian)が、自身のクインテットでの第3作目となるアルバム『Remedy』をリリースした。前作『The Road』(2022年)からメンバーを変えず、完璧な音楽的意思疎通を見せるクインテットでの演奏に加え、今作では多様なゲスト・ミュージシャンもフィーチュア。アルメニアのルーツを強く匂わせる叙情性の豊かな作品となっている。
儚く哀しげな曲調に、ゲストのフィル・スレイター(Phil Slater)のトランペットが響く(2)「Indifferent World」は、世界で続発する戦争やその苦しみ、そしてそれに対する人々の無関心をテーマにした楽曲。ジェノサイドの苦難を味わったアルメニアの歴史をも想起させるほど悲痛な叫びのように聞こえるトランペットが東欧的な変拍子(7拍子)の高原の上で、まるで黒い風のように吹いてゆくような多感な名演だ。
(3)「Waves Unveiled」も東欧的なテイストとジャズの強いエッジが噛み合った印象的な楽曲で、ゼラ・マルゴシアンのピアノと、スチュアート・ヴァンデグラーフ(Stuart Vandegraaff)のアルトサックスが寄り添いながら物語を牽引する。つづく(4)「What If」にはヴィオラ・ダ・ガンバ奏者のジェニファー・エリクソン(Jennifer Eriksson)がゲスト参加。クインテットのトルコ出身パーカッション奏者アデム・ユルマズ(Adem Yilmaz)のプレイとともに地上のどこかにありそうで無さそうな/過去から現在のどの時点でもなさそうな、不思議な情緒を漂わせる。
(6)「How I Wish」は今作中唯一のヴォーカル曲で、歌うのはオーストラリアの歌手ヴィルナ・サンツォーネ(Virna Sanzone)。ゼラ・マルゴシアンのクラシックの影響を強く感じさせる端正なピアノに乗る歌詞はアルメニア語で、歌詞では失われたものへの郷愁と、それでも希望を失わない前向きさの両方が織り交ぜられている。楽曲自体はフラメンコとジャズの悲しくも優美な融合で、心の内に秘めた希望の灯火を燃やすような楽曲となっている。
(7)「Kintsugi」にはフラメンコ・ギタリストのダミアン・ライト(Damian Wright)がゲスト参加。タイトルは割れた陶磁器などを金属粉で修復する日本の伝統的な技法「金継ぎ」にインスパイアされている。一度割れたものを、その傷を隠さずにより美しく修復させる「金継ぎ」は海外の多くの音楽家にインスピレーションを与え、近年では多くのミュージシャンにより同名曲が創られているが、ゼラ・マルゴシアンもまたこの技法に痛みや喪失からの癒しや回復を重ねているようだ。
Zela Margossian プロフィール
ゼラ・マルゴシアンは1980年レバノン・ベイルートに、アルメニアからの移民の娘として生まれた。当時のレバノンというと内戦が断続的に発生していた時代で、この不安定な政治的情勢の中で幼少期を過ごしたことは少なからず後の彼女の音楽表現に影響を与えている。
8歳の頃から西洋クラシックのピアノを学び始め、ベイルートのハイガイジアン大学卒業後にアルメニアの首都エレバンのコミタス州立音楽院に移り、そこでクラシックピアノの修士号を取得した。
彼女はアルメニアに住んだ5年間の間に地元のジャズクラブに通い、そこで演奏されるアルメニアの伝統音楽を織り込んだジャズに魅了されることになる。その後オーストラリア・シドニーに移ることを決断した彼女はクラシックからジャズへの転向も決意。シドニーで自身のクインテットを結成し、2018年のデビュー作『Transition』はオーストラリアの音楽賞「ARIA Music Awards」でベスト・ワールド・ミュージック・アワードにノミネートされるなど絶賛された。
Zela Margossian Quintet :
Zela Margossian – piano
Stuart Vandegraaff – alto saxophone
Adem Yilmaz – percussion
Jacques Emery – double bass
Alexander Inman-Hislop – drums
Guests :
Phil Slater – trumpet (2)
Jenny Eriksson – electric viola da gamba (4)
Virna Sanzone – vocals (6)
Damian Wright – flamenco guitar (7)