表現者としてのニシュラ・スミスを知らしめる絶品。『it’s getting late you’d better go home』

オーストラリア出身SSW、ニシュラ・スミス 圧倒的な表現力が発揮された2nd

オーストラリア出身、現在はイングランド・マンチェスターを拠点に活動するシンガーソングライター、ニシュラ・スミス(Nishla Smith)の第2作目となるアルバム『it’s getting late you’d better go home』(2026年)が、非常に良い。親しみやすいメロディーライン、素直だが時に感情豊かなヴォーカルが、彼女の音楽の重要なパートナーであるトム・ハリス(Tom Harris)のピアノを中心としたジャジーで洗練されたアレンジと伴奏(と、それだけに留まらない音響処理)に映える。彼女の音楽にはエルトン・ジョンやバート・バカラックといった“古き良き”ポップスへの愛、ゴスペルやブルースからの微かな影響も伺え、さらにはポスト・ボサノヴァの潮流に乗せた感じの曲もあり、とても楽しく聴けるアルバムに仕上がっている。

評論家から絶賛され、UKのメジャーな音楽シーンに押し上げたと評価された彼女の前作『Friends With Monsters』(2021年)は、私は未聴だったのだが、今作の冒頭(1)「jewel thief」や(2)「bluebird」を聴いてその確かな才能はすぐに確信できた。特に三連バラードの後者は絶品だ。ドラマチックな展開のコードワークによって若さの儚さと美しさを歌う歌詞が活き活きと輝き、ストーリーテラーとしてのニシュラ・スミスの真骨頂を見せる。

先行シングルのひとつ、(3)「the beast」も素晴らしい。自己の内面に潜み、自由になることを邪魔する“獣(the beast)”を、ボードビル1を思わせるコミカルな作風で炙り出す。
適度にアウトする素晴らしいサックスのソロで一際目立つのは、2018年にBBCヤング・ジャズ・ミュージシャン・オブ・ザ・イヤーを受賞するなど活躍するコサ・コール(Xhosa Cole)。フルートも彼の演奏で、シャーロット・キーフ(Charlotte Keeffe)によるトランペット演奏とともに狂気的な側面を見事に演出している。

(3)「the beast」

(4)「imagination」には、ボサノヴァの影響が顕著に表れる。その曲風は中国ルーツのアイスランドの新スター、レイヴェイ(Laufey)を想起させるもので、世界中で散見される“ポスト・ボサノヴァ”の潮流を捉える。

(4)「imagination」

今作は、ニシュラ・スミスが英国に留まるか、それとも故郷のオーストラリアに戻るかという人生の大きな岐路に立たされた感情的な混乱期に作られた楽曲群によって構成されている。パーソナルな経験から出発しつつも、所属感と疎外感、親密さとよそよそしさ、憧れと野心、日々のささやかな喜びといった普遍的なテーマに拡張された表現は特筆に値する。すべての中心には彼女の歌声があり、そこには、伴奏者たちの素晴らしい演奏を“脇役”にしてしまうほどの驚くべき表現力がある。

哲学を感じさせる叙事詩(7)「the lark」は、ニシュラ・スミスの感性と表現力が極まった素晴らしい1曲だ。

(8)「perfect」

ラストに収録されたタイトル曲(11)「it’s getting late you’d better go home」はスタジオではなく自宅で録音されたニシュラ・スミスのピアノ弾き語り。

全11曲、40分程度の作品だが、ここには1冊の本に匹敵するほどの充実した物語がある。
シンガーソングライター、そして表現者として、ニシュラ・スミスの名前をさらに高みに導く作品であることは間違いなさそうだ。

Nishla Smith プロフィール

ニシュラ・スミスは、オーストラリア生まれ、現在はイングランド北部マンチェスターを拠点に活動するシンガーソングライター/ジャズ・ヴォーカリスト/ピアニスト。物語性を重視したソングライティングを持ち味とし、ジャズ、フォーク、チェンバー・ポップ、現代即興音楽を横断する独自の音楽世界を築いている。
歌手としての活動に加え、舞台作品や音楽劇の創作にも取り組み、ストーリーテリングを核とした表現で高い評価を獲得。2021年にアルバム『Friends With Monsters』を発表し注目を集め、2026年には帰属意識や故郷への想いをテーマにした『it’s getting late you’d better go home』をリリース。英国ジャズ・シーンの新世代を代表するシンガーのひとりとして、その繊細な歌声と詩的な世界観が支持を集めている。

Nishla Smith – voice, piano
Tom Harris – piano
Aaron Wood – trumpet, flugel horn
Charlotte Keeffe – trumpet, flugel horn
Harben Kay – saxophone, flute
Xhosa Cole – saxophone, flute
Sarah Heneghan – drums
Kai Chareunsy – drums
Misha Mullov-Abbado – double bass
Chris Hyson – synth
Lucy Hanson – voice
Elly Hanson – voice

  1. ボードビル(vaudeville)…15世紀頃の風刺的な流行歌に由来し、18世紀〜19世紀には、それらの歌や踊りを織り交ぜた「軽喜劇」としてフランス・パリで大流行した。これがアメリカに渡り、“ヴォードヴィル”として歌や踊り、コント、手品、曲芸など、多様な演目を詰め込んだ大衆的な複合エンターテインメントとして19世紀末から20世紀初頭にかけて流行した。 ↩︎
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