聴くものを主役にさせる没入感。心の中の小宇宙を描き出すような究極のエレクトロニカアルバム。

日本のアニメーションにおける音楽の重要性。

2022年1月より放送が始まるアニメ『平家物語』のEDテーマとして、先駆けてリリースされたシングル「unified perspective」。それは『けいおん!』『聲の形』の山田尚子監督をはじめ、『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の吉田玲子による脚本など日本を代表するクリエイターの布陣、そして同時に日本を代表する古典である本作を表現するにふさわしい楽曲であった。

スチャダラパーのANIも参加。語り掛けるようなラップが曲や作品の世界観にしっかりと寄り添っているのも好印象。

近年の日本のアニメーション作品は、その音楽自体が話題になることも少なくない。
少し前になってしまうが、菅野よう子が手掛けた『カウボーイビバップ』や『攻殻機動隊 STAND ALONE CMPLEX』はJAZZ/FUNKから、4つ打ち、民族音楽まで内包した極めて音楽性の高い劇伴作品であったし、『機動戦士ガンダム サンダーボルト』では菊池成孔が全編劇伴を手掛け、「JAZZが流れるガンダム」として、ちょっとした話題にもなっている。

こういった劇伴作品の流れの中、『ピンポン THE ANIMATION』や『聲の形』、最近では『チェンソーマン』など話題作に数多くの「音」を届けているのがアグラフ(agraph)こと牛尾憲輔である。(劇伴作品では牛尾憲輔名義)

agraphが今、アニメーション作品に求められる理由。
それは彼の作品にみられる音像の豊かさによるものだろう。
本人がインタビューで「視覚からインスパイアされて曲を作ることが多かった」と語るように、彼の音楽はその名の通り「グラフィック」であり、風景を描き出すかのようなエレクトロニカサウンドであった。
2008年作『a day, phases』に収録の「turn down」は、今まさに明けようとする空のような音の広がりを感じるし、2010年作『equal』は「lib」をはじめ、水の音が随所に散りばめられ、ジャケット写真のような雨降る都会が繊細に描かれている。

より深く、よりパーソナルに。agraphが続ける音の探求。

一方で、同インタビューでagraph名義の作品は「プライベートな音楽」「作品ごとに自分自身をさらけ出していっている」というように、作品を追うごとにその音楽はより深く、よりパーソナルに深化し続けている。
それが現段階での最新作、2016年発表の『the shader』である。
前2作にあったクラブサウンドの要素は影を潜め、音を必要最低限にそぎ落とした無駄のないサウンドは、聴くものの心の内に入り込み、決して離そうとはしない。
(1)「reference frame」は静かなピアノの音色から始まるが、ノイズと紙一重のバランスで差し込まれていく音たちが少しづつ心に爪痕を残していく。そうかと思うと(3)「greyscale」はドラマチックでメロディアスな音が鳴り響く中、不協和音とともに2分ほどしたところで突如静かになり、かすかな心臓の鼓動が聞こえ始める。

正直、有機的かつ聴きやすいという面では2010年作『equal』に軍配が上がるというのが率直な感想である。しかし、agraphのサウンドはもう既にそのステージを超え、次のステージに進んでいるのだろう。この分断された社会で、否が応でも問い続けた自己の内面への向き合い。そういった現在の状況をまるで予期していたかのように、グリッチノイズを多用したこの2016年作『the shader』はどこまでも無機的であり、ザラザラとした音触りが「今」を体現している。

agraphが続ける音の探求。彼は次に我々にどんな景色を、そしてどんな姿を見せてくれるのだろうか。

プロフィール

牛尾憲輔のソロユニット。
クラブで石野卓球に直談判し、音源制作のアシスタントとしてキャリアを始める。
ソロアーティストとして、2007年に石野卓球のレーベル””PLATIK””よりリリースしたコンビレーションアルバム『GATHERING TRAXX VOL.1』に参加。
2008年12月にソロユニット””agraph””としてデビューアルバム『a day, phases』をリリース。石野卓球をして「デビュー作にしてマスターピース」と言わしめたほどクオリティの高いチルアウトミュージックとして各方面に評価を得る。2010年11月3日、前作で高く評価された静謐な響きそのままに、より深く緻密に進化したセカンドアルバム『equal』をリリース。
同年のUNDERWORLDの来日公演(10/7 Zepp Tokyo)でオープニングアクトに抜擢され、翌2011年には国内最大の屋内テクノフェスティバル「WIRE11」、2013年には「SonarSound Tokyo 2013」にライブアクトとして出演を果たした。
一方、2011年にはagraphと並行して、ナカコー(iLL/ex.supercar)、フルカワミキ(ex.supercar)、田渕ひさ子(bloodthirsty butchers/toddle)との新バンド、LAMAを結成。
2016年には3rdアルバムとなる『the shader』〈BEAT RECORDS〉を完成させた。
〈agraph 公式サイトより〉

最新情報をチェックしよう!