衝撃的。五線譜を超越する新時代のシンガー、ヴァリジャシュリー・ヴェヌゴパル、待望のソロ作

Varijashree Venugopal - Vari

あまりに強烈な印象を残す稀有なヴォーカリスト

ヴァリジャシュリー・ヴェヌゴパル(Varijashree Venugopal)というシンガーの歌を初めて聴いたのは、ブラジルのバンドリンの名手アミルトン・ヂ・オランダ(Hamilton de Holanda)の2021年作『Maxixe Samba Groove』だった。このアルバムの中でわずか1曲、「Choro Fado」という曲のみでゲスト参加していた彼女のダイナミックで繊細かつ神秘的な声はその時点で僕に強烈な印象を残し、(名前を覚える気にはならなかったが──)その声質と歌唱法はそれからずっと、常に心に引っ掛かる存在となった。

そうしているうちに、その歌唱と同じように複雑な名前を持つこのシンガーは、ときどき思い出したように僕のアンテナに引っかかってきた。
次に聴いたのはフランス在住のインド系打楽器奏者ステファン・エドゥアール(Stéphane Edouard)のデビューアルバム『Pondicergy Airlines』で、素手でドラムを叩きまくるステファンのインパクトも相当に凄かったが、実際このアルバムを“名盤”のレベルにまで引き上げていたのは、収録曲の多くがインストの中で数曲で歌唱を披露していたインド人歌手の魅力に依るところがかなり大きかったと思う(ぜひ、「Oh My Ghosh!」という曲のMVを観てほしい)。スパイスの香りに咽せるような、超絶的にむさ苦しいインディアン・フュージョンに咲く一輪の妖艶な魔力を秘めた花のような歌声は、すぐにハミルトン・ヂ・オランダで聴いた声の記憶を蘇らせた。

その後インドの女性ヴァイオリン奏者アプールヴァ・クリシュナ(Apoorva Krishna)のアルバム『Intuition』や、フランスのピアノトリオEYM Trioのアルバム『Bangalore』を当サイトで取り上げたことは、名前よりも声を強烈に記憶している絶世のヴォーカリストが参加していたから、という理由も少なくはなかったはずだ。

ヴァリジャシュリー・ヴェヌゴパル、感性豊かな待望のソロ作

そんな素晴らしい声のシンガー、ヴァリジャシュリー・ヴェヌゴパルの新作『Vari』は、数ヶ月前のプレリリースの頃からずっとずっと、楽しみにして待っていたものだ。

今年(2024年)になって、ジャイコブ・コリアー(Jacob Collier)とアヌーシュカ・シャンカール(Anoushka Shankar)との共演音源「A Rock Somewhere」も公開されるなど、いつの間にか世界の頂点に立ちつつあるシンガーが満を持して発表した久々のソロ作。とにかく、新鮮で衝撃的な音楽がここにはある。インドの伝統音楽をベースに現代のグローバル・ミュージックの様々な要素をミックスし、全編にわたって鮮烈な印象を残すことは間違いないだろう。

(1)「Dream」

幼い頃から西洋音楽の教育を半ば強制的に受けている私たち日本人にとって、もしかしたらこの音楽は”理解の範疇”を超えてしまっているかもしれない。聴いたことのないようなリズムや音階が当たり前のように次から次へと登場するのだから当然だ。だが、そうやって自分にとって新しい音楽を聴くことで感覚が研ぎ澄まされ、拡張されるのではないかとも思う。

コナッコル1に導かれる(2)「Ranjani」には米国のバンジョー奏者ベラ・フレック(Béla Fleck)が参加。今作のプロデューサーでもあるマイケル・リーグ(Michael League)によるシンセや、B.C. Manjunathによるムリダンガムのリズムがトランスを誘う中毒性の高い楽曲に仕上がっている。

(2)「Ranjani」

(7)「Jaathre」も特筆すべき1曲だ。
イスラエルのクラリネット奏者アナット・コーエン(Anat Cohen)が率いる十重奏が参加。西洋音楽の五線譜では表すことの難しいインドの伝統音楽由来の微細な旋律と、ブラジル音楽に傾倒するジャズ・アンサンブルが不思議な混合物を作り上げている。

冒頭でも触れたブラジル随一のバンドリン奏者アミルトン・ヂ・オランダ(Hamilton de Holanda)は、米国のベーシストヴィクター・ウッテン(Victor Wooten)とともに(11)「Chasing the Horizon」に参加。ヴァリジャシュリーのスキャットも含めた独創的な超絶技巧のユニゾンで始まる冒頭から、驚くべきアンサンブルが繰り広げられる。

(11)「Chasing the Horizon」

正直、ヴァリジャシュリー・ヴェヌゴパルという名前を覚えるのはラーガ2を覚えることに匹敵するほど難しいかもしれない。
が、彼女の歌声や音楽の雰囲気は、覚えようと思わずとも一度聴いてしまえば記憶に深く刻まれるだろう。そしておそらくはこれから先も、事あるごとに彼女の歌をどこかで聴き、ふたたび驚き、音の記憶を辿ることになるのだろう。

Varijashree Venugopal 略歴

歌手/フルート奏者のヴァリジャシュリー・ヴェヌゴパルは1991年にカルナータカ州にあるインド第3の都市ベンガルールに生まれた。Wikipediaによると彼女はバラモンの家系に生まれ、1歳半で約40のラーガを識別し、4歳で約200のラーガを識別するという類稀な能力を持っていたという。4歳から正式なカルナティック音楽の教育を受けた。

地元ベンガルールではバンド「Chakrafonics」での活動で知られるが、ソロとしてはインド系の著名アーティストや、イギリスの若き天才音楽家ジャイコブ・コリアー、フランスのピアノトリオであるEYM Trioとの共演など、広く国際的にも活動の幅を広げている。

(3)「Harivaa Jhari」

今作とはあまり関係ないが、彼女が歌うA.C.ジョビンの「One Note Samba」も音楽性の広さを象徴しており、面白い。

  1. コナッコル(konnakol)…南インドのカルナティック音楽に特徴的な、手でターラ(拍子)を数えながら同時に口で歌われる音節の組み合わせ。似たものに、北インドのタブラのリズムを口承するためのボル(bol)がある。 ↩︎
  2. ラーガ(rāga)…インド古典音楽の数千年にわたる歴史を持つ音楽理論の演奏体系や旋法。同時に、精神性の観点からは自然や宇宙のリズムを表すものとされている。 ↩︎

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