イブラヒム・マアルーフ新作『Trumpets of Michel-Ange』
フランスのジャズ・トランペットのスーパースター、イブラヒム・マアルーフ(Ibrahim Maalouf)が16枚目のスタジオ・アルバム『Trumpets of Michel-Ange』をリリースした。編集やオーバーダブを用いず、大人数のバンドでライヴ録音された作品で、凄まじいほどの熱を帯びる。“ミケランジェロのトランペット”というタイトルは単にアルバムのタイトルというだけでなく、半世紀以上前に彼の父親が発明し、彼のトレードマークでもあるユニークな四分音トランペットを世界に広め、誰もが楽しめるようにすることを最終目標とする、大規模な教育プロジェクトの名称(T.O.M.A.1)でもある。
アルバムは結婚の祝福から子どもの誕生、そして大人になった子どもたちを社会に送り出すほろ苦い別れまで、家族を作るために結ばれた2人の若い恋人たちの旅をとらえたストーリーラインが描かれており、家族や愛、世代間の継承といった現代において失われつつある普遍的な価値観を示している。
収録曲は全曲がイブラヒム・マアルーフのオリジナルで、アラブ音楽やアフリカ音楽とジャズを自然に融合させた魅力的な楽曲が続く。これまでの彼のアルバムやライヴでもそうだったように、今作でもバックにトランペット隊を従えているが、今作の大きな特徴はそのトランペッターたちもイブラヒム同様にクォータートーン・トランペットを演奏するようになったことだ。これは革命的な出来事で、ソリストだけが微分音を吹きバックは皆十二平均律というこれまでの若干違和感のあるバンド編成からの完全な脱却となっており、彼の音楽性をより深化させた。
アルバムにはニューオーリンズのスター、トロンボーン・ショーティ(Trombone Shorty)にデトロイトのダブルベース奏者エンデア・オーウェンズ(Endea Owens)、2024年7月19日に逝去のニュースが世界を駆け巡った伝説的コラ奏者トゥマニ・ジャバテ(Toumani Diabaté)、その息子シディキ・ジャバテ(Sidiki Diabaté)など多くのゲストが参加。多様性に富んだ音楽を力強く宣言している。
Ibrahim Maalouf 略歴
イブラヒム・マアルーフ(別表記:イブラヒム・マーロフ、アラビア語表記:ابراهيم معلوف)はレバノン内戦のさなか、1980年11月5日にベイルートで生まれた。『アイデンティティが人を殺す』、『アラブが見た十字軍』などの著作で知られる世界的作家のアミン・マアルーフ(Amin Maalouf)は叔父にあたる。
父親がトランペッター、母親がピアニストという家庭に育った彼はレバノン内戦中に家族とともにフランス・パリに移住し、7歳の頃からトランペットでクラシック音楽やアラブ音楽を学んだ。10代の頃は父親とデュオを組み、ヨーロッパや中東を演奏して回っている。
1999年から2003年の間に主要な国際コンクールで15の賞を獲得。その中には2002年のハンガリー国際トランペット・コンクールでの優勝、2001年のワシントンD.C.でのナショナル・トランペット・コンクールでの優勝も含まれている。
イブラヒムが用いるトランペットは父ナシム・マアルーフ(Nassim Maalouf)が開発2した4本のピストンバルブを持つ特殊な楽器で、アラブ音楽で使われる微分音を表現することができる。イブラヒムの音楽は常に西洋的なポップ感覚、高度なジャズの即興、そしてトランペットには一見似つかわしくないアラブ音楽を武器に、瞬く間にフランス、そして世界的なスタープレイヤーとなった。
2007年にアルバム『Diasporas』でデビューを果たし、これまでに15枚以上のアルバムを発表している。
- T.O.M.A.(Trumpets of Michel-Ange)…イブラヒム・マアルーフの監修のもと、4つのピストンが備えられた微分音トランペットの市販が開始された。製造元はビュッフェ・クランポン(Buffet Crampon)傘下の老舗金管楽器メーカー、アントワンヌ・クルトワ(Antoine Courtois)。
T.O.M.A. トランペットの紹介ページ ↩︎ - クォータートーン・トランペットの開発…イブラヒムの父ナシムもまた、パリ音楽院で学んだトランペッターだった。10年間ほどフランスで音楽を学んだのち、故郷のレバノンに戻ったが、そこで音楽学者でもあった父(=イブラヒムの祖父)に「10年間も外国で勉強したのに、アラブ音楽をまともに演奏することもできないのか」となじられたことがきっかけで、独力で4本目のピストンバルブを持つ“微分音トランペット”を開発した。 ↩︎