The Klezmatics 新譜『We Were Made For These Times』
1986年にアメリカ合衆国ニューヨークで結成され、今年40周年を迎えたクレズマティックス(The Klezmatics)。クレズマー音楽のバンドとしては唯一グラミー賞受賞経験1のある彼らの新作『We Were Made For These Times』は、急進的な政治や戦争などによってますます分断の進む現代社会の中にあって、彼らが今あげるべき声を凝縮した作品だ。
アルバムタイトルはメキシコ系アメリカ人作家クラリッサ・ピンコラ・エステス(Clarissa Pinkola Estés, 1945 – )のエッセイ『Letter to a Young Activist During Troubled Times』から着想を得、アンジェラ・ガブリエル(Angela Gabriel)が書いた同名の曲(3)「We Were Made For These Times」に由来し、結成40年にして「私たちはこの時代のために作られた」というクレズマティックスの使命的なメッセージが込められている。収録された楽曲群は、分断された世界に対する彼らの答えとして、移民体験や共有された記憶を基盤としたユダヤ音楽の伝統を単に保存するのではなく「行動」として示したものだ。ユダヤ歌曲の伝統を黒人霊歌やラテンアメリカのリズム、クリミア・タタール音楽、アヴァンギャルド・ジャズと融合させたクロスカルチャー・コラボレーションが最大の特徴で、多彩なゲストも魅力。
(1)「Un du akerst」は元は19世紀ドイツ革命詩人ゲオルク・ヘルヴェーク(Georg Herwegh, 1817 – 1875)の詩を基にし、ユダヤ系政治哲学者ハイム・ジトロフスキー(Chaim Zhitlovsky, 1865 – 1943)がイディッシュ語で書いた労働者賛歌だが、ここではクレズマティックスのトランペット奏者フランク・ロンドン(Frank London)が大幅なアレンジを施し、バルカン風の熱狂的な舞曲として蘇らせている。演奏やコーラスにはコロンビアの女性打楽器集団ラ・マンガ(La Manga)やNYの合唱団ラヴェンダー・ライト・ゴスペル・クワイア(Lavender Light Gospel Choir)も参加し、力強く自由を歌う。
アルゼンチンの女性SSWソフィア・レイ(Sofia Rei)がフィーチュアされた(2)「Plane Wreck at Los Gatos (Deportee)」はウディ・ガスリー(Woody Guthrie, 1912 – 1967)の1948年の古典的プロテストソングのカヴァー。1948年1月28日に起きたメキシコ人移民農場労働者28名とアメリカ人4名が死亡した飛行機墜落事故を題材に、ガスリーが“名もなき強制送還者2”として扱われる人々の尊厳の欠如に怒りを込めて書いた曲で、原曲は3/4拍子だが、ここでは素朴なメキシカン・カントリー風の4/4拍子にアレンジされ、英語・イディッシュ語・スペイン語の3ヶ国語で同じ詞が繰り返し歌われる。
さよなら、フアン、さよなら、ロザリータ
「Plane Wreck at Los Gatos (Deportee)」
さよなら友よ、ヘススとマリア
大きな飛行機に乗ったら、君たちには名前なんてない
君たちはただ追放者と呼ばれるだけ
(3)「We Were Made For These Times」でとりわけ大きくフィーチュアされた男女混成合唱団ラヴェンダー・ライト・ゴスペル・クワイアは多様な民族的・精神的背景を持つメンバーで構成されているが、1985年に結成された当初は現在でいうLGBTQ+の人々で構成された世界唯一のゴスペル合唱団だった。社会的に疎外されてきた人々がコミュニティを築き、社会的に認められるまでにその活動を継続してきた彼らの存在は、クレズマーやイディッシュ文化という”周縁的”文化をアイデンティティとするクレズマティックスとも呼応し、本作の精神的な核を成している。
クリミア・タタール人のギタリスト、エンヴェル・イズマイロフ(Enver İzmaylov)は(4)「Crimean Freylekhs」など3曲に参加。また、ジャズ・トランペッターのジェームス・ブランドン・ルイス(James Brandon Lewis)とダブルベース奏者ウィリアム・パーカー(William Parker)が(10)「Elegy for the Innocents」に参加していることも見逃せない。彼らはそれぞれ独自の音楽的ルーツを演奏に持ち込み、クレズマティックスの多文化的魅力を大きく増幅している。
The Klezmatics :
Lisa Gutkin – violin, vocals
Matt Darriau – clarinet, alto saxophone, kaval, vocals
Frank London – trumpet, piano, organ, vocals
Lorin Sklamberg – vocals, accordions, guitar, piano
Paul Morrissett – bass, tsimbl, vocals
Richie Barshay – drums, percussion, vocals
Guests :
Sofia Rei – vocals (2)
Joshua Nelson – vocals, piano, organ (3, 11)
Enver İzmaylov – guitars (4, 7, 9)
Janis Siegel – vocals (5)
James Brandon Lewis – tenor saxophone (10)
William Parker – double bass (10)
Roman Lajara – tres (12)
La Manga :
Daniela Serna – tambor alegre, chorus (1, 12)
Katherine Ocampo – tambora, chorus (1, 12)
Andrea Chavarro – maracas, lead vocals (1, 12)
Lina Silva – guacharaca, guasá, lead vocals (1, 12)
Lavender Light Gospel Choir :
Eric Williamson – Artistic Director
Toni Campbell, Maria-Elena Grant, Linda La, Adanna Morgan, Ursula “Zuli” Campos-Gatjens, Miehrit “Mercy” Kassa, Karla McNeal, Briony Price, Caco Skol, Brandon Boulton, Austin Bowen, Denise “Mistah” Coles, Wesley Ferreira, Justin Rivera, Eli Hartenstein Cox, Robert DeCaul, Angelo Gonzalez, Kyle Jack, JBLAZN and Max Rodriguez – choir (1, 3, 11)
- グラミー賞受賞経験…The Klezmaticsの2006年作『Wonder Wheel』が、グラミー賞「ベスト・コンテンポラリー・ワールド・ミュージック・アルバム」を受賞した。 ↩︎
- 名もなき強制送還者…「Deportee (Plane Wreck at Los Gatos)」の着想は、ウディ・ガスリーが、ロスガトスでの飛行機墜落事故に関するラジオや新聞の報道で犠牲者の名前が挙げられず、単に「deportees(追放者たち)」と呼ばれていることに衝撃を受けたことから始まったと言われている。歌詞の中ではメキシコ人によくある普遍的な名前を彼らの代名詞として用い、移民の尊厳を踏み躙るメディアを批判している。 ↩︎