<ヘナート・ブラス & フレンズ>のマリオ・ジルって?|プロフィール紹介|Mario Gil

 10月15日(木)に東京・ハクジュホールでコンサートを行う<ヘナート・ブラス & フレンズ>のメンバー中から、本稿では、マリオ・ジル(ヴォーカル/ギター)について紹介。



─ 公演概要 ─
🇯🇵<ヘナート・ブラス & フレンズ>
・ヘナート・ブラス(ヴォーカル/ギター/パーカッション)
・フレッヂ・マルチンス(ヴォーカル/ギター)
・ギリェルミ・ネヴィス(ヴォーカル/ギター)
・マリオ・ジル(ヴォーカル/ギター)

10月15日(木)
開演 19:00(開場 18:00)
ハクジュホール
〒151-0063 東京都渋谷区富ヶ谷1-37-5

チケット購入方法:
①チケットぴあ(Pコード 330-888)
https://w.pia.jp/t/renatobraz-friends/
②Toca de Aparecida(店頭にて)
https://linktr.ee/Toca_de_Aparecida
③木の家イベント(申込フォームより)
https://forms.gle/Md5aZ7RrtSmnG9JHA

マリオ・ジル|Mario Gil

 ブラジルの歌手、作曲家、ギタリスト、編曲家、音楽プロデューサー。1962年3月28日、ミナスジェライス州ジュイス・ヂ・フォーラに生まれ、1983年からサンパウロを拠点に活動する。クラシック・ギターを学んだ演奏家としての素養をもち、作詞家パウロ・セーザル・ピニェイロ(Paulo César Pinheiro)との共作をはじめ、ブラジルの歌の世界に数々の作品を送り出してきた。自ら歌い、ギターを奏でる一方、編曲、音楽監督、録音、ミキシング、マスタリングまで手がける。作品を生み出すところから、歌い手の表現を一枚のアルバムに結実させるところまで、音楽制作の幅広い領域を担ってきた人物である。

 その歩みを語るうえで欠かせないのが、ヘナート・ブラス(Renato Braz)、モニカ・サウマーゾ(Mônica Salmaso)、コンスエロ・ヂ・パウラ(Consuelo de Paula)らとの交流だ。彼らはマリオの作品を歌い、マリオ自身も演奏や制作を通じてその活動に深く関わってきた。のちにはドリ・カイミ(Dori Caymmi)やナナ・カイミ(Nana Caymmi)の仕事にも重要な役割を果たすようになる。自作のアルバムだけをたどっていては見えてこない、多くの歌声と作品をつなぐ仕事が、その経歴には重なっている。

 サンパウロに移った1980年代には、エンヒキ・ピント(Henrique Pinto)にギターを、マリレナ・オリヴェイラ(Marilena Oliveira)に和声を、マリオ・フィカレリ(Mario Ficareli)に対位法を学んだ。ギターの師事期間は1983年から1987年に及び、その時期にサンパウロ州文化局の第2回若手器楽奏者選抜コンクールで優勝している。歌手・作曲家として知られる以前から、器楽奏者として研鑽を積んでいたことは、その音楽活動の出発点として押さえておきたい。

 1993年、初のアルバム『Luz do Cais』を自主制作で発表。1996年には限定盤としてCD化された。マリオはこの初作で、制作に加えて録音とミキシングも担当。ヘナート・ブラスが「Caçador」「Luz do Cais」「Senha」「Cristalina」に、モニカ・サウマーゾが「Cidadela」に参加した。後年まで続く歌い手たちとの関係は、すでにこの出発点に刻まれていた。

 とりわけ興味深いのは、モニカがこの作品への参加を、自身の「正式な初レコード録音」だったと振り返っていることだ。二人が知り合ったのは、サンパウロ大学近くにあった音楽バー、カフェ・パリ。そこで歌っていたモニカを、自宅で初めてのLPを録音していたマリオが招いたという。のちにブラジルを代表する歌い手となる彼女の録音活動の最初期に、マリオの自主制作盤があった。これは、演奏家同士の日常的な交流から作品が生まれる、彼の活動のあり方を伝えるエピソードでもある。

 1996年には、ブラジルの民俗音楽を紹介する企画でスイスを巡り、18公演を行った。同年、ヘナート・ブラスのファーストアルバム『Renato Braz』に、パウロ・セーザル・ピニェイロとの共作「Anabela」が収録される。マリオは楽曲提供にとどまらず、複数曲でギターを弾き、編曲にも参加した。歌う人と曲を書く人という関係を越えて、作品の響きそのものを一緒につくる、二人の長い協働がここにも表れている。

 1998年には、ダブリウ(Dabliú)からセカンドアルバム『Contos do Mar』を発表した。海を主題に、全12曲をパウロ・セーザル・ピニェイロとの共作で構成した作品である。「Cargueiro」「Anabela」「Lenda Praieira」「Rainha do Mar」「Essa Moça」「Submerso」「Outro Quilombo」「Flor Ardente」「Nove Luas」「Lá」「Rendas de Prata」「Samba de Roda na Beira do Mar」を収録。共作者を一人に絞り、一枚を通して二人の創作を提示した、初期の重要作にあたる。

 ゲストとして、ヘナート・ブラスが「Lá」に、モニカ・サウマーゾが「Rainha do Mar」と「Outro Quilombo」に参加。演奏にはベーシストのシザォン・マシャード(Sizão Machado)や打楽器奏者のブレ・ホザーリオ(Bré Rosário)らが加わり、ヘナートも複数曲で打楽器を担当している。本人の公式クレジットによれば、録音・ミキシング・マスタリングは1996年から1997年にかけて、マリオ自身の手でダンサペー・スタジオ(Estúdio Dançapé)で行われた。この作品により、アリ・バホーゾ賞の作曲家部門を受賞している。

 同じ1998年、コンスエロ・ヂ・パウラがデビュー作『Samba, Seresta & Baião』で「Anabela」を取り上げた。ヘナート・ブラスのセカンドアルバム『História Antiga』には、マリオの単独作「Luz do Cais」が収録される。自らのアルバムで育てた曲が、異なる歌い手の解釈によって新しい表情を与えられ、ブラジルの歌のレパートリーへと広がっていった。

 1999年には、モニカ・サウマーゾの『Voadeira』に「Dançapé」が収録された。ベーシストで音楽プロデューサーのホドルフォ・ストロエテル(Rodolfo Stroeter)との共作で、同作の冒頭を飾る曲である。モニカはのちに、自宅から音楽を届ける企画「Ô de Casas」でもマリオとこの曲を演奏しており、二人の交流を象徴する一曲となっている。

 2000年には、第3回ビザMPB賞の作曲家部門で第3位に入賞。翌2001年、ヘナート・ブラスが発表したサードアルバム『Outro Quilombo』では、マリオとパウロ・セーザル・ピニェイロの共作が表題曲となった。「Anabela」「Luz do Cais」に続き、ヘナートの初期のアルバムをたどると、マリオの作品が繰り返し現れる。二人の関係は、単発の楽曲提供ではなく、継続的な創作と演奏の結びつきとして育まれてきた。

 2000年代には、他の音楽家の作品を形にする仕事も広がった。コンスエロ・ヂ・パウラの『Dança das Rosas』(2004年)では編曲と音楽監督を担当し、ギターでも参加。コンスエロ自身もインタビューで、前作『Tambor e Flor』と『Dança das Rosas』の制作におけるマリオを、大切な協力者として挙げている。歌い手の表現と、ブラジルの民俗的なリズムや楽器の響きを結びつける現場で、作曲家としての感覚と演奏・制作の技術を生かしてきた。

 2006年に発売されたマテウス・サルトリ(Mateus Sartori)の初作『Todos os Cantos』でも、音楽プロデュースを担当した。この作品には、ギンガ(Guinga)、ヘナート・ブラス、ナイロール・プロヴェッタ(Nailor Proveta)が参加している。自身の作品発表と並行して、他の歌手の出発を支える仕事にも関わっていたことがわかる。

 2007年、3枚目の自作アルバム『Comunhão』を発表。ペトロブラスの文化支援を受け、オメロ・フェヘイラ(Homero Ferreira)がプロデュースし、音楽監督をマリオとヘナート・ブラスが共同で務めた。録音・ミキシング・マスタリングはマリオが担当。「Vagalume」にルシアーナ・アルヴィス(Luciana Alves)、「Acalanto」と「Pajé」にモニカ・サウマーゾ、「Olho de Fogo」にヘナート・ブラスが参加している。

 全12曲の構成は、パウロ・セーザル・ピニェイロとの共作「Olho de Fogo」「Mestre Capiba」「Caruana」「Pajé」に加え、ホドルフォ・ストロエテルとの「Dançapé」、ゼカ・フェヘイラ(Zeca Ferreira)との「Acalanto」「Imperador da Ralé」、ヘナートとの「Vagalume」、そして単独作「De Flor em Flor」「Comunhão」「Minha Terra, Meu Lugar」「Despedida」。前作が一人の作詞家との共同作業を集中的に示した作品だったのに対し、『Comunhão』は、複数の共作者や歌い手との関係を一枚に集めている。その制作陣と曲目からは、分かち合うこと、共につくることを意味する題名にふさわしい姿が浮かび上がる。

 その後も、ヘナート・ブラスはマリオの作品を歌い続けた。2012年の『Casa de Morar』では、パウロ・セーザル・ピニェイロとの共作「Essa Moça」を収録。2015年に米国で発表された『Saudade』では、「Anabela」がアルバムの冒頭に置かれた。後者はサックス奏者ポール・ウィンター(Paul Winter)とそのアンサンブルをはじめ、ドリ・カイミらが参加した作品であり、マリオの歌がブラジル国外の聴き手にも届けられる機会となった。

 2016年には、ヘナート・ブラス、ピアニストで作曲家のブレーノ・フイス(Breno Ruiz)、ポルトガルの歌手ホベルト・レアォン(Roberto Leão)とともに、四人によるアルバム『Mar Aberto』を発表した。世代や出身地の異なる音楽家が集まり、ブラジルとポルトガルの歌を同じ場で響かせる企画で、マリオは歌とギターに加え、音楽監督と編曲を担当。ヘナートと共同で制作を手がけ、録音・ミキシング・マスタリングも担った。

 収録曲には、マリオの「Elogio」、ブレーノとの共作「Nevoeiro」、ジョゼ・アフォンソ(José Afonso)の「Canção de Embalar」、ドリヴァル・カイミ(Dorival Caymmi)の「Francisca Santos das Flores」などが並ぶ。「Saveiros」にはドリ・カイミが歌とギターで参加。なお、表題曲「Mar Aberto」はブレーノとクリスチーナ・サライヴァ(Cristina Saraiva)の共作である。マリオは自身の作品を持ち寄るだけでなく、異なる作家と歌い手の音楽を一つのアルバムとしてまとめる役割を果たしている。

 2017年には、ヘナート・ブラスとジュサーラ・シルヴェイラ(Jussara Silveira)が、ガル・コスタ(Gal Costa)のレパートリーを取り上げた『Fruta Gogoia — Uma Homenagem a Gal Costa』で音楽プロデュースを担当。ドリ・カイミが音楽監督を務めたこの作品で、マリオは「Meu Bem, Meu Mal」のギターも弾いている。自らの歌を他者に託す活動と並行して、先人たちの作品を新しい歌声で受け継ぐ制作にも携わるようになった。

 2018年のヘナート・ブラスのアルバム『Canto Guerreiro — Levantados do Chão』でも、共同で音楽監督を担当した。自身とパウロ・セーザル・ピニェイロの共作「Olho de Fogo」が取り上げられたほか、「Cálice」では、シコ・ブアルキ(Chico Buarque)、ミルトン・ナシメント(Milton Nascimento)、ブレーノ・フイス、ホベルト・レアォンらと録音に参加。作曲家、演奏家、制作者としての仕事が、一枚の中で重なり合っている。

 制作面での重要な実績の一つが、2020年にセロ・セスキ(Selo Sesc)から発表されたナナ・カイミの『Nana, Tom, Vinicius』である。トム・ジョビン(Tom Jobim)とヴィニシウス・ヂ・モラエス(Vinicius de Moraes)の作品をナナが歌い、ドリ・カイミが編曲と指揮を担当したアルバムで、マリオは音楽プロデュースに携わった。同作は2021年のラテン・グラミーで「年間最優秀アルバム」部門にノミネートされている。

 このノミネートにおいて、マリオの名前は録音エンジニア、ミキシング・エンジニア、マスタリング・エンジニアとしても公式に記載された。歌手や作曲家としてステージに立つ活動と、録音された音の細部を整える仕事。その両方を長年積み重ねてきたことが、国際的な賞の記録にも表れている。

 2023年には、ドリ・カイミの80歳を記念する出版・録音企画でも中心的な役割を果たした。編者を務めた『Dori Caymmi Songbook: 80 Anos de um Cantador』は、ドリの26曲の譜面に、ジャーナリストのクラウヂオ・レアル(Claudio Leal)による人物紹介、証言、写真、ディスコグラフィーなどを組み合わせた書籍である。本人が自作をどのようにギターで弾くのか、その記録を学ぶ人たちに残したいという話し合いが、出版の出発点になった。

 書籍と連動するアルバム『Dori Caymmi: 80 Anos de um Cantador』では、12人のギタリストが12曲を演奏。マリオは音楽プロデュースを担い、ドリとともに選曲にも関わった。さらに録音の一部、ミキシング、マスタリングも担当している。ここでは、一人の音楽家の作品を記録するだけでなく、楽譜と実演の両面から、その表現を次の演奏家へ手渡そうとする仕事が行われている。

 同じ2023年、ジョアン・ジルベルト(João Gilberto)の1998年の公演録音を収めた『Relicário: João Gilberto — Ao Vivo no Sesc 1998』の発売を記念する公演でも音楽監督を務めた。マリオが手がけたのは、その歴史的録音を祝うステージの音楽づくりである。自作の発表に加えて、ブラジル音楽の重要なレパートリーを現在の演奏へと結び直す活動が、この時期の仕事には目立っている。

 2025年にも制作活動は続く。コンスエロ・ヂ・パウラとヘジーナ・マシャード(Regina Machado)の共作アルバム『Pássaro Futuro』では、録音・ミキシング・マスタリングを担当。また、ヘナート・ブラスがチン・マイア(Tim Maia)のレパートリーを取り上げた『Canário do Reino — Uma Homenagem a Tim Maia』では、音楽監督と音楽プロデュース、ミキシング、マスタリングを担った。初期からの仲間との共同作業は、30年以上を経ても続いている。

 後者に関わる録音には、マリオの仕事ぶりを具体的に伝える出来事がある。2024年4月、ヘナートとピアニストのクリストヴァン・バストス(Cristovão Bastos)とともに、リオのナナ・カイミの自宅を訪問。マイク、オーディオ・インターフェース、ノートパソコンなどを持ち込み、その場で歌声を収録した。のちにナナの最後の録音として紹介されることになる歌唱を、マリオは録音技術の側から支えていた。

 自身の演奏活動も継続しており、2025年9月にはリオのカーザ・ド・ショーロで公演を開催。管楽器奏者アレシャンドリ・ホドリゲス(Alexandre Rodrigues)とともに、ヘナート・ブラス、アリス・パッソス(Alice Passos)をゲストに迎えた。「Anabela」「Outro Quilombo」「Dançapé」「Lenda Praieira」といった既発曲に加え、新しい共作も披露する構成で、長年歌い継がれてきた作品と現在の創作を同じステージに置いている。

 2026年10月15日には、東京・ハクジュホールで開催される〈ヘナート・ブラス&フレンズ〉に、ヴォーカル/ギターで出演予定。ヘナート、フレッヂ・マルチンス(Fred Martins)、ギリェルミ・ネヴィス(Guilherme Neves)とともに、日本の聴き手に歌とギターを届ける。長年の共演者と並ぶこのステージは、作曲家としてのマリオと、他者の歌を支える演奏家としてのマリオ、その両方に触れる機会となる。

 こうした経歴から浮かび上がるのは、曲を書くこと、歌うこと、伴奏すること、そして録音を完成させることが、互いに結びついた音楽家の姿だ。1993年の自主制作盤から、仲間たちとの共演作、先達の仕事を記録する書籍やアルバムへ。マリオ・ジルは、自身の歌を育てながら、多くの歌い手がその人らしい表現を残すための場をつくってきた。その仕事をたどることは、ブラジルの歌が人から人へ、世代から世代へと受け継がれていく過程を知ることでもある。

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