マヌーシュスウィング×中東音楽の魅惑
トルコのギタリスト/作曲家ビラル・カラマン(Bilal Karaman)の『Manouche a La Turca』は、その名の通りマヌーシュ・スウィングにトルコ音楽の要素をほんのりと乗せたなんとも魅力的な一枚だ。
(1)「Gaco Swing」からゴキゲンなマヌーシュ・スウィングが展開されるが、ターキッシュ・クラリネット奏者のゲクスン・チャウダール(Göksun Çavdar)のソロでは中東の風が吹き、その絶妙な違和感がなんとも楽しい気分にさせてくれる。
(2)「Romanipen」にはフランスのヴァイオリン名手ピエール・ブランシャール(Pierre Blanchard)が参加。ハバネラのリズムを取り入れたアレンジで始まるロマ音楽のスタンダード(3)「Dark Eyes」(黒い瞳)も徐々にヒートアップする絶品の演奏。
(4)「Nihavend Sirto」はハサン・オズチヴィ(Hasan Özçivi, 1925 – 1986)によって作曲されたマカームだが、短調の相性の良さもあり、ここでは見事なマヌーシュジャズに蘇っている。
11拍子の(6)「Onbirli」はマヌーシュジャズの衣を纏ってはいるが、魂は完全に中東音楽のそれである。
(7)「Bekledim De Gelmedin」も一聴するとフランス生まれの優雅なミュゼットのような印象だが、トルコの作曲家イェサリ・アシム・アルソイ(Yesari Asim Arsoy, 1896 – 1992)の作によるもの。
(10)「Nikriz Longa」はタンブーリ・ジャミル・ベイ(Tanburi Cemil Bey, 1873 – 1916)によるトルコの有名な古典曲。
長い時間をかけて熟成されたアナトリアからロマ音楽へのアプローチ
きっかけは、ジャンゴ・ラインハルト(Django Reinhardt)と彼が創り出した音楽への情熱の昂まりだったという。ジャンゴとその後継者たち──ビレリ・ラグレーン(Biréli Lagrène)やストーケロ・ローゼンバーグ(Stochelo Rosenberg)らの存在は彼をその土着的でありながら高度に洗練された音楽に入り込ませていった。
ビラル・カラマンが生まれ育った文化であるアナトリアの音楽の視点で、ジャンゴらのロマ音楽を捉えるという今作の壮大な構想は2010年から始まったという。
当時トルコにはほとんどマヌーシュ音楽を演奏する者はおらず、ビラル・カラマンも長い時間をかけてジャンゴ・ラインハルトらの演奏を研究。バンドの仲間を集め、そして徐々に自身の作曲もレパートリーに加えていった。
2014年に最初のデモの録音を開始し、2016年の夏にアルバムの録音を開始したが、トルコ情勢の悪化のため完成は長引き、2018年に『Manouche a La Turca』として遂にリリースされた。
2019年に続編となる3曲入りシングル『Manouche a La Turca, Vol. 2』を、そして2020年にはライヴ盤『Manouche a La Turca Live』もリリースしている。
Bilal Karaman プロフィール
ビラル・カラマンは1981年生まれのギタリスト/作曲家。11歳の頃から生活の中心はギターと音楽だったという彼は、2009年にイスタンブールで行われたギターコンペティションで優勝。2011年にデビュー作『Bahane』をリリース以来、さまざまなフォーマットで活動を続けている。
これまでにマーカス・ミラー(Marcus Miller)、ラーシュ・ダニエルソン(Lars Danielson)、ザキール・フセイン(Zakir Hussain)、マイク・モレーノ(Mike Moreno)、ダイアン・リーヴス(Dianne Reeves)など国際的なアーティストとも共演。アナトリア音楽のアイデンティティを軸に持ちつつ、ジャズの技術と革新の精神で独自の表現を追求している。