【特集】人間業とは思えない!ジプシージャズと驚異の超絶ギタリストたち

Joscho Stephan

ジプシージャズとは

ジプシージャズ(Gypsy Jazz)は1930年代にベルギー生まれのジャンゴ・ラインハルト(Django Reinhardt、1910年1月23日 – 1953年5月16日)が始めた音楽ジャンルで、ジプシー(ロマ)の伝統音楽とジャズを融合した軽快な音楽。
La Pompe(ラ・ポンプ = 機関車)と呼ばれる小気味よいリズムギターのカッティングや超人的な速弾きのソロギターが特徴的で、多くのギタリストが憧れるジャンルのひとつでもある。

ジャンゴ・ラインハルトはギター/ヴァイオリン奏者の父親とダンサーの母親というロマ(ジプシー)の一家に生まれ、生活のために幼少期からギターやヴァイオリンを弾くようになった。当初はジプシーの伝統音楽やフランスのワルツ、タンゴなどを演奏していたが、1926年にビリー・アーノルドのバンドの演奏を聴き、このアメリカからやってきた新しい音楽=「ジャズ」に傾倒。以降、1928年にはキャラバンの火事で左手に大火傷を負い小指と薬指を不自由としながらもジプシー音楽とジャズを融合した音楽を演奏し続け、その独特の音楽はジャズの本場アメリカでも大いに注目されるようになり、それまで音の小ささ故にジャズの分野では決して主役ではなかったギターという楽器の地位に革命的な貢献をした。

ジャンゴ・ラインハルト
ジプシージャズの創始者、ジャンゴ・ラインハルト

今回はそんなジャンゴ・ラインハルトが切り拓いたジプシージャズで活躍する、現代のおすすめの凄腕ギタリストたちを演奏動画とあわせて特集したい。

なお、ジプシージャズはジプシースウィング、マヌーシュスウィング、マヌーシュジャズ、ジャズマヌーシュといった呼び方もされるが、全て同じジャンルを指す。

ジプシージャズの超絶ギタリストたち

ストーケロ・ローゼンバーグ(Stochelo Rosenberg)

ストーケロ・ローゼンバーグ(Stochelo Rosenberg, 1968 -)はオランダ南部ヘルモンドで代々音楽を続けるロマの一家に生まれたギタリスト。10歳の頃からジャンゴ・ラインハルトの演奏を繰り返し聴き、その技を盗んでいった。

12歳のときに従兄弟らと出演したオランダのTV番組の子供音楽コンテストで優勝。1989年に『Seresta』でアルバムデビューを果たし、以降ジプシージャズを代表するギタリストとして活躍している。

デューク・エリントン/ファン・ティゾール作曲のジャズスタンダード「Caravan」はジプシージャズの演奏家たちも好んで演奏している。
ストーケロ・ローゼンバーグが妹のために書いた「For Sephora」。
ボサノヴァのリズムで演奏されている。
「ゴッドファーザーのテーマ(Love Theme – The Godfather)」の演奏。

ビレリ・ラグレーン(Biréli Lagrène)

ビレリ・ラグレーン(Biréli Lagrène, 1966 -)はフランス出身のギタリストで、現代のジプシージャズを代表する名手。ジャンゴ同様にロマの一家に生まれ、幼少時からギターの飛び抜けた才能を見せ“神童”と呼ばれていた。

13歳でアルバム『Routes to Django』で衝撃的なデビューを飾り、“ジャンゴ・ラインハルトの再来”と驚きを持って迎えられた。
その後はジャンゴ・ラインハルトのスタイルを活動の軸としつつも、ジャズやフュージョンなど別ジャンルにも進出。エレクトリック・ギターも手にしジプシージャズに止まらない様々な演奏スタイルを身に付け活躍している。

ロシアンジプシーの名曲「黒い瞳(Les Yeux Noirs)」を演奏するビレリ・ラグレーン(5人並んだギタリストのうち左から3人目)ら。
スティーヴィー・ワンダーの名曲「Isn’t She Lovely」をエレクトリックギターで演奏するビレリ・ラグレーン。
ビレリ・ラグレーン、14歳の頃の映像。
既に超人的なギターだが、途中でベース演奏も披露するなど末恐ろしい才能を見せつける。

ヨショ・ステファン(Joscho Stephan)

ドイツ生まれのヨショ・ステファン(Joscho Stephan, 1979 -)は驚異的な“速さ”“正確さ”を兼ね備えたギタリスト。父親のガンター・ステファン(Günter Stephan)の指導のもと幼少期からギターを始め、クラシックギターやジプシージャズを学んだ。
1999年にその父親をリズムギターに従え、『Swinging Strings』でアルバムデビュー。アメリカのギター誌『Guitar Player』で大々的に取り上げるなど絶賛を浴び、一躍ジプシージャズを代表するギタリストとして知られることになった。

ジプシージャズの他にクラシック、ロック、ブルースなどの影響も受けた独特の演奏スタイルを築いており、ジプシージャズをさらに進化させる現代で最も革新的なギタリストだ。

ジャンゴ・ラインハルト作曲、ジプシージャズを象徴する名曲「Minor Swing」
ヨショ・ステファンによるジミ・ヘンドリックス「Hey Joe」のカヴァー演奏。
ヨショ・ステファンが演奏する「Caravan」

チャボロ・シュミット(Tchavolo Schmitt)

チャボロ・シュミット(Tchavolo Schmitt, 1954 -)はフランス生まれ。1979年頃からプロとして活動しているが、アルバムデビューは2000年の『Alors ? Voilà !』と遅かった。
今回紹介するギタリストの中では最も早い生まれで、ジャンゴ・ラインハルトの死後注目される機会が少なくなったジプシージャズを再び表舞台に蘇らせた立役者として評価されている。

ロマの歴史を描いた映画『ラッチョ・ドローム』(1993)、ジャンゴ・ラインハルトへのトリビュート映画『僕のスウィング』(2003)でもフィーチュアされるなど、おそらく最も広く名前の知られたジプシージャズのギタリストだろう。

チャボロ・シュミットとロマーヌ(Romane)という名手同士の共演。
チャボロ・シュミットがフィーチュアされたロマを描いた映画『ラッチョ・ドローム』でのワンシーン。

ディクヌ・シュネベルガー(Diknu Schneeberger)

ディクヌ・シュネベルガー(Diknu Schneeberger, 1990 -)は音楽の都オーストリア・ウィーン生まれの若手の注目株。父親でベース奏者のヨシ(Joschi Schneeberger)と共に活動を行っている。

以前、ビレリ・ラグレーンの来日が中止された際に代打として登場し、若いながらもその驚異的なテクニックで聴衆の度肝を抜いたというエピソードも。

2007年のデビューアルバム『Rubina』に収録の(6)「Rubina」、(3)「Rhythme Futur」

ジプシージャズで使われる特殊なギター

ここまで紹介してきた動画を観ていただいたなら、ジプシージャズのギタリストたちが使っているギターが普段見慣れているアコースティックギターとは少し違う形状の楽器だと気づいた方もいるのではないだろうか。

これはセルマー・ギター(Selmer guitar)、あるいはマカフェリ・ギター(Maccaferri guitar)と呼ばれるタイプのギターで、ジプシージャズ以外のジャンルではまず用いられない楽器だ(逆にいうとジプシージャズのギタリストはほぼこのタイプの楽器を使っているか、もしくは強く憧れている)。

セルマー・ギター。
サウンドホールが「D」の形に大きく開いたタイプのものは「マカフェリ・ギター」と呼ばれる。

一般的なアコースティックギターとは違い、弦は可動式のブリッジを越えてテールピースで止められている。アコースティックギター同様に鉄弦が張られるが、ヘッドの形状はガットギターを思わせる構造。ボディ内部の構造も異なっており、これらの特徴がジプシージャズギター独特の歯切れが良くソロに向いた硬いサウンドを生み出している。

このタイプのギターを最初に広めたのも勿論ジャンゴ・ラインハルトで、以降のジプシージャズのギタリストはこぞってセルマー/マカフェリギターを用いたというわけだ。

セルマー社製のオリジナルは1932年から1952年の20年間でおよそ1000本程度しか作られなかったが、その後これを模倣したギターをフランスのデュポン社(Dupont)などが製造し、流通している(日本の楽器屋の店頭で見かけることは殆どないが…)。

弦やピック(とても分厚いものが主流)も、ジプシージャズ専用の物を使う。
興味を持った方は、この軽快で心躍る素敵な音楽にぜひチャレンジしてみてほしい。

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