ロシアを代表するピアノトリオ、LRK Trio がモスクワから静かに発した切実なメッセージ

LRK Trio - Prayer

戦時下の音楽家たち

2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナへの侵攻以来、所謂“西側メディア”の多くはロシアの指導者と、国そのものを絶対的な悪と扱い、その内情をどうも公平な視点で報じないようになってしまったように感じる。もちろん一方的な侵略戦争自体は国際的に厳しく非難されるべきだが、それを選択してしまった横暴な指導者が統べる国と、そこに生きる国民の意思は別のものだ。どれだけ情報が統制されプロパガンダが横行する中にあっても、それらに疑問を抱く国民は少なからずいるはずだ。

それなのに、私たちはあの残酷で悍ましい戦争が始まって以降、ロシア料理を口にしづらくなり、キリル文字を見れば憎悪の念が湧き(ウクライナだってキリル文字なのだけど)、ロシアから発せられた文化や芸術もなんとなく受け取りづらくなってしまっていないだろうか。まるでロシア国内には最初から文化など存在していなかったかのようにそれらを黙殺してしまってはいないだろうか。

国内では厳しい弾圧や言論統制もあると聞く。おそらくは音楽の世界においても居心地の悪さを感じているアーティストたちも多いだろう。どの国でも政府が右と言うことを左だとは言うことは勇気が必要なのだ。
たとえばロシア出身で現在はアメリカ国内で活動している世界が注目するジャズ・ギタリストのエフゲニー・ポボシー(Evgeny Pobozhiy)はデビュー・アルバムで反戦へのメッセージを明確にしているが、これは彼が海外に在住しているからできることで、今のロシア国内ではそう開けっぴろげに戦争反対を唱えるのは非常に困難なことだろうと思う。

ロシアを代表するピアノトリオ、LRK Trio 新譜は『祈り』

モスクワで活動を続けるピアノトリオ、LRK Trio は来日公演経験もあり日本でもよく知られたグループだ。彼らが2022年11月のはじめにリリースした新作のタイトルは『Prayer』、つまり“祈り”だった。平和な日常が送られる社会であればこのタイトルはなんていうことはない平凡なものだろうが、今の彼らを取り巻く状況はそうではない。

そう考えると収録曲のタイトルも意味深に思えてくる。

(1)「Groundhog Day」は直訳で“マーモットの日”で一見意味不明だが、マーモットの生態を調べてみて合点がいった。この小動物は警戒心が非常に強く、危険を察知するとホイッスルのような警戒音を出して仲間に知らせ合うのだという。長い警戒音は空からの危険(猛禽類など)、短いものは陸からの危険(キツネなど)が迫っているというサイン。2022年、戦争地域の人々はそれに似た警告音を何度も何度も聞き、空から陸から迫る恐怖にマーモットのように怯えるしかなかった。

(2)「Soyuz-Apollo」はもちろん、アメリカ合衆国とソビエト連邦の宇宙船が共同飛行した最初の宇宙計画「アポロ・ソユーズテスト計画」(1972年調印、1975年フライト実行)だろう。東西冷戦の真っ只中で、米の宇宙船アポロとソ連のソユーズがドッキングに成功したこの出来事はいがみ合う2国間でも互いを信用し、平和的に協力できることを証明してみせた。

(2)「Soyuz-Apollo」

(3)「Mysterious Story」にはLRK Trioの過去作にもゲスト参加していた女性シンガー、ヴァルヴァラ・レヴニュク(Varvara Revnyuk)が参加し可憐な歌声を披露する。歌詞は英語だ。彼女はトリオのベーシスト、アントン・レヴニュク(Anton Revnyuk)の娘で、この楽曲は作曲もアントンだ。

つづく(4)「Dear Father」はトリオのドラマー、イグナット・クラフツォフ(Ignat Kravtsov)の作曲。
彼の父親はエカテリンブルクの高名なドラマーだったが、イグナットが6歳のときにこの世を去っている。反復するベースのシーケンスは記憶を過去にとどめ、その呪縛から逃れられない人々を思い起こさせる。

(5)「Contradictions」は“矛盾”。言うまでもなく、この社会は矛盾だらけだ。
この曲で表現されているのは彼らの激しい怒りだろうか。少なくとも私にはそのように聴こえる。

人生におけるあらゆる喪失を描く(6)「Lostness」からの(7)「Prayer」は、すべてを失くしてしまった世界でも希望の種があり、それがいつか発芽することを祈るようにも聴こえる。

アルバムを通じて、ピアニストのエフゲニー・レベジェフ(Evgeny Lebedev)は終始ひとつひとつの音を丁寧に紡いでゆく。ときに抑制的でときに感情の流れに身を任せたその演奏は、表面的には美しいが、どこか苦悩に満ち痛々しい。

ロシアの中心から音楽に乗せて発せられる、国際社会へのメッセージ

ロシアの中心・モスクワから発せられたメッセージ。
ジャケットの色合いにも彼らの祈りが表れているように感じるのは気のせいだろうか?
この作品には彼らの苦しい立場と、どうにかして内なる想いを外に向けて発したいという切実な願いが込められている。だが彼らは立場上、決してそうとは言えないのだ。

彼らのFacebookページでは、アルバムリリース日である2022年11月3日付で以下の投稿があった。
注意深く言葉を選んで発せられたメッセージを、私たちも素直な気持ちで受け取るべきだろう。

LRKトリオの新しいアルバム「Prayer」は、自分自身の内面を見つめ、最近の歴史の出来事に意味を見出そうとする試みです。デジタル社会における孤独、選択の複雑さ、私たち一人ひとりの中に息づく矛盾、そして基準点の喪失についての音楽的考察であり、… そして、自分の内面を見つめることだけが、基準点を再び見つけ、個人的な信念を形成し、外から押し付けられた判断と区別することを学ぶ助けとなるのです。 この音楽には多くの疑問がありますが、それ以上に答えがあります。

Новый альбом LRK Trio «Молитва» это взгляд внутрь себя, это попытка осмыслить события новейшей истории. Это музыкальное размышление об одиночестве в цифровом мире, о сложности выбора, о противоречиях, которые живут в каждом из нас и потере ориентиров и… И только взгляд внутрь себя способен помочь вновь нащупать эти ориентиры, сформировать личные убеждения, научить отличать их от суждений, навязанных извне. В этой музыке немало вопросов, но ещё больше ответов.

LRK Trio

LRK Trio :
Evgeny Lebedev – piano
Anton Revnyuk – bass
Ignat Kravtsov – drums

Guest :
Varvara Revnyuk – vocal (3)

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