イスラエルを代表する音楽家ヨニ・レヒテル、若手一流音楽家を迎えた35年ぶりのジャズ・インスト作

Yoni Rechter - Closed Open Closed

ヨニ・レヒテル、35年ぶりのジャズ・アルバム『Closed Open Closed』

イスラエルを代表するシンガーソングライターであり、ピアニストのヨニ・レヒテル(Yoni Rechter)が、同国の若手ジャズミュージシャンを迎えて約35年ぶりとなる本格的なジャズ・アルバム『סגור פתוח סגור』(Closed Open Closed)をリリースした。これまで歌モノが中心に、ポップス、ロック、映画音楽など幅広く才能を発揮してきた彼だが、今作はほぼ全編がインストで、ベースにバラク・モリ(Barak Mori)、ドラムスにロニ・カスピ(Roni Kaspi)を迎えてのコアトリオを中心に、ゲストでギタリストのニツァン・バール(Nitzan Bar)やサックス奏者のエリ・デジブリ(Eli Degibri)らをフィーチュア。モダンジャズの礎を基調に、彼独自のソングライターとしての豊かな感性で綴られた詩的な音楽を繰り広げている。

アルバムのタイトルは「Closed Open Closed」の意味で、イスラエルを代表する詩人イェフダ・アミハイ(Yehuda Amichai, 1924 – 2000)の最後の詩集『Open Closed Open』(1998年)に着想を得ている。イェフダ・アミハイはユダヤ教徒の家庭に育ったが、自身は宗教からは距離を置き、一人の人間としての愛や記憶、喪失、信仰への疑問をその詩作の原点としてきた人物だ。神を信じたいが、歴史や戦争を見ると神を信じきることができない、けれども信じたいという葛藤を生涯抱えており、イスラエル建国や戦争を扱う際も、国家の栄光や英雄譚ではなく「家族を失った人」「恋人を待つ人」「疲れた兵士」といった視点から描くことで広く共感を得てきた。

イェフダ・アミハイは、「開く→閉じる→開く」の流れをタイトルに据え、絶望の中にある希望を描こうとした。だがヨニ・レヒテルはこれを「閉じる→開く→閉じる」と逆にすることで、自国を取り巻く閉塞的な状況や、未来への切実な不安を表現する。つまり、アミハイが人生に見出した“再び開く希望”を、レヒテルは現代の閉塞感の中であえて反転させてしまっているのだ。

そうしてできたアルバムが悲観的な感情に終始しているかというと、まったくそうではない。
ヨニ・レヒテルは「Closed」を“楽曲の閉じた構造”、つまり作曲された部分と捉え、「Open」を“開かれた場所”つまり即興の余白と解釈。悲嘆をエネルギーに転じさせ、力強く生きる希望を楽曲の中に込めた。ニツァン・バールとエリ・デジブリも参加し、5人編成となったタイトル曲(9)「סגור פתוח סגור」はその好例だ。最初は短調の暗い三連バラードでテーマが提示されるが、自由な即興のパートになると解き放たれたようにスウィングし、ダイナミックに躍動する。

(9)「סגור פתוח סגור」(Closed Open Closed)

(7)「על הקצה」(On the Edge)も素晴らしい1曲だ。2023年10月7日のハマスによるイスラエル奇襲を受けての「鉄の剣作戦」の最中に書かれた曲で、穏やかな始まりから激しく爆発的な展開への移行は、日常の平穏が突然脅かされる現実を象徴的に描き出す。ニツァン・バールのギターソロ、ロニ・カスピのドラムソロも激しく、やり場のない怒りが発散されているように思える。

(7)「על הקצה」(On the Edge)

(8)「זו אותה האהבה」はイスラエルの国民的シンガーソングライターであるアリク・アインシュタイン(Arik Einstein, 1939 – 2013)が1976年に歌い有名になった曲(アリク・アインシュタイン作詞/ヨニ・レヒテル作曲)。ここではエリ・デジブリがヴォーカルとサックスで参加し、ヨニ・レヒテルとともに、再びやり直そうとする恋人たちの歌を歌う。

(8)「זו אותה האהבה」

Yoni Rechter プロフィール

ヨニ・レヒテル(ヘブライ語:יוני רכטר)は1951年イスラエル・テルアビブ生まれの作編曲家/ピアニスト/シンガーソングライター。1970年代初頭に活動を開始し、イスラエル音楽界を代表する存在として半世紀以上にわたり第一線で活躍している。

ロック、ジャズ、クラシックを横断する高度な作曲技法と豊かなハーモニー感覚で知られ、プログレッシヴ・ロックの潮流を取り入れた活動でも注目を集めた。イスラエルを代表するロック・バンド「Kaveret」のキーボーディストとして活動したほか、多くの歌手への楽曲提供やプロデュースを手がけ、特にアリク・アインシュタインとの協働はイスラエル音楽史に残る名作を数多く生み出した。

1978年には児童向け音楽作品『The Sixteenth Sheep』の音楽を担当。同作は今日でもイスラエル音楽史上屈指の名盤として高く評価されている。

また、作曲家・編曲家として映画、テレビ、舞台音楽の分野でも幅広く活動。音楽評論家からは「バッハ、ビートルズ、ビル・エヴァンスの系譜を受け継ぐ音楽家」と評され、その作品はイスラエルのポピュラー音楽とジャズの架け橋として独自の地位を築いている。2008年には芸術分野における卓越した功績に対してEMET賞を受賞した。

Yoni Rechter (יוני רכטר) – piano, vocal
Barak Mori (ברק מורי) – double bass
Roni Kaspi (רוני כספי) – drums

Guests :
Eli Degibri (אלי דג’יברי) – saxophone, vocal
Nitzan Bar (ניצן בר) – guitar
Ido Zelznik (עידו זלזניק) – keyboard

関連記事

Yoni Rechter - Closed Open Closed
Follow Música Terra