エルチン・シリノフのピアノで、スコットランドの伝統曲を謳う。ジャズ×フォークの温かな作品

Louise Dodds & Elchin Shirinov - Two Hours After Midnight

ルイーズ・ドッズ&エルチン・シリノフ、初のデュオ作品

スコットランドのヴォーカリスト、ルイーズ・ドッズ(Louise Dodds)と、アゼルバイジャン出身のピアニスト、エルチン・シリノフ(Elchin Shirinov)のデュオによるスコットランド歌曲集 『Two Hours After Midnight』がリリースされた。スコットランドの原風景を感じさせる素朴で美しい旋律と歌声、個性的で優れた編曲とピアノ演奏がジャズの感性で調和し、耳に優しく響く素晴らしい作品だ。

25曲ほどの候補の中から最終的に8曲に絞られたという収録曲はすべてスコットランドの伝統曲。日本でも「故郷の空」の題でよく知られている(1)「Comin’ Thro’ the Rye」は、スコットランドの詩人ロバート・バーンズ(Robert Burns, 1759 – 1796)が同国の古い猥歌に詞を書いた曲で、今作にはほかにも(3)「Ae Fond Kiss」や(4)「Ye Banks and Braes」、(8)「Auld Lang Syne」(これは「蛍の光」の原詩だが、本作収録版はよく知られたものとは旋律が異なっている)といったバーンズの代表的な作品が収められている。

叶わぬ恋を歌ったスコットランド民謡(2)「Loch Tay Boat Song」もとても美しい曲だ。フォーク・ミュージックの素朴な雰囲気を大切にした演奏だが、エルチン・シリノフのピアノソロ部分ではやはりアゼルバイジャンの民族音楽の影響も垣間見え、このコラボレーションならではの化学反応が楽しめる。

(2)「Loch Tay Boat Song」

特筆すべきは(6)「Lass O’ Gowrie」。これはバーンズと同時代の女性ソングライター、カロリーナ・オリファント(Carolina Oliphant, 1766 – 1845)の作で、彼女は当時自分が女性であることが知られればその作品は世間に真剣に受け止められないだろうと考え、作品出版の際に身元を隠すためにかなりの努力を払ったと伝えられている。そのため今でも彼女の楽曲がバーンズによるものと誤解されることもあり、ルイーズ・ドッズはそんな彼女の功績に正しく光を当てることにも注意を払っている。

アルバムのタイトルは16世紀のスコットランドのメアリー女王(Mary Stuart, 1542 – 1587)が、自身が処刑される数時間前にフランス国王アンリ3世に宛てて書いた最後の手紙の署名の「水曜日、真夜中の2時間後」という一節からインスピレーションを得たもので、最後まで威厳を保った“クイーン・オブ・スコッツ”の象徴でもある。

スコットランド生まれの歌手、Louise Dodds 略歴

スコットランドに生まれ育ったルイーズ・ドッズは幼い頃に両親がかけていたエラ・フィッツジェラルド(Ella Fitzgerald)やフランク・シナトラ(Frank Sinatra)や、アニタ・オデイ(Anita O’Day)、ジョニ・ミッチェル(Joni Mitchell)まで幅広い影響を受けている。

2022年3月には『Fly』(2013年)以来となる9年ぶりのアルバム『The Story Needs an Ending』をリリースし、同年のスコティッシュ・ジャズ・アワードでヴォーカル賞にノミネートされた。
今作は彼女がスコットランドの歴史をより深く研究する過程で構想され、パンデミック下でロンドンに在住していたエルチン・シリノフに連絡をとり実現したアルバムとなっている。

アゼルバイジャンを代表するピアニスト、Elchin Shirinov 略歴

エルチン・シリノフ(アゼルバイジャン語表記:Elçin Şirinov)は1982年、アゼルバイジャンの首都バクー生まれ。彼の2人の兄弟はバクーの州立音楽院で伝統楽器を学んだが、エルチン自身はピアノを独学で習得し、のちにレッスンを受けることはあったが音楽学校で学ぶことはなかった。

バクーのジャズ文化の発信地であるバクー・ジャズ・センター(Baku Jazz Center, 2002年設立)への出演などを通じて徐々に人気となり、アゼルバイジャンの現代ジャズの最重要人物であるサックス奏者のレイン・スルタノフ(Rain Sultanov)のツアーに参加するなど国内で名声を得ると、2019年に国際的なイスラエル人ベーシスト、アヴィシャイ・コーエン(Avishai Cohen)のトリオのピアニストに大抜擢。世界中をツアーし一気にその名を知られるようになった。

実質的なデビュー作は2017年にリリースされたハンガリーのパーカッショニスト、アンドラーシュ・デーシュ(András Dés)との双頭名義のアルバム『Maiden Tower』。最近になって、2018年に自主制作しライヴ会場限定などで限定的に販売されていた個人名義での初リーダー作『Waiting』もデジタル配信が開始されている。

Louise Dodds – vocal
Elchin Shirinov – piano

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