ラーシュ・ダニエルソンの音楽哲学が凝縮『Liberetto V: Echomyr』
私がもっとも新譜を楽しみにしているグループのひとつが、チェリスト/ベーシスト/作曲家のラーシュ・ダニエルソン(Lars Danielsson)が率いるリベレット(Liberetto)だ。リリースのたびに深く美しい抒情性で極上の安らぎを与えてくれる彼らが、5年ぶりの完全なる新作で再び戻ってきてくれた。アルバムタイトルは 『Liberetto V: Echomyr』、「echo」は音が響き渡る広大な空間を表し、「myr」は古ノルド語1で“荒野”を意味する造語なのだという。いつものように、親しみやすさの奥に隠された複雑な構造の美しい楽曲を、単に卓越した技巧だけではない“心の込められた”演奏で聴かせてくれる彼らの心の奥底から湧き上がる情熱と魂によって奏でられた音で、その空間は満たされている。
今作は『Liberetto III』(2017年)、『Cloudland』(2021年)からコアメンバーを変えておらず、引き続きピアノにマルティニーク出身のグレゴリー・プリヴァ(Grégory Privat)、ギターに英国出身のジョン・パリチェッリ(John Parricelli)、ドラムスにマグヌス・オストロム(Magnus Öström)という編成。北欧の伝統音楽やクラシックの影響を受けながら、自然体のままで常に革新的なジャズを表現する、世界でも最高の4人組だと言っても過言ではない。
今作で特筆すべきは、彼らの過去作に比べても、どの曲も“メロディー”に重点が置かれていることだろう。ラーシュ・ダニエルソン自身が「音楽の力はメロディーにある」と語る通り、今作で収録された曲のほとんどは北欧らしい情緒豊かで親しみやすい旋律を擁している。マグヌス・オストロムが繰り出す唯一無二のリズムの上で、ラーシュ・ダニエルソンの中低音のピチカートが、グレゴリー・プリヴァのロマンティックなピアノが、そしてジョン・パリチェッリの繊細な指先で操られたナイロン弦が、自在に踊る。少しの憂いを湛えながら、自由に踊る。
踊るのは4人だけではない。これまでの彼らのアルバム同様、今作も見逃せないゲストがアルバムに彩りを添えている。
記念すべきLiberettoの第1作『Liberetto』(2012年)ではバンドの正式メンバーで、その後はゲストとして重要な役割を果たしているトランペット奏者アルヴェ・ヘンリクセン(Arve Henriksen)は(3)「Supreme」と(7)「Himlen Över Dig」で、彼の代名詞である美しく枯れた音色を聴かせてくれる。
スウェーデンのマグヌス・リングレン(Magnus Lindgren)は、古風なトリルと15/8拍子、7/4拍子のリズムが印象的な(6)「Ascending」のフルート・ソロでバンドの新たなコラボレーターとして完璧なデビューを果たしている。
(8)「Echomyr」でイングリッシュ・ホルンを吹くカロリーナ・グリンネ(Carolina Grinne)は、Liberetto が交響楽団と共演したアルバム『Lars Danielsson Symphonized』(2023年)で数曲でソリストを務めていた気鋭音楽家。
Lars Danielsson プロフィール
ラーシュ・ダニエルソンは1958年スウェーデン・イェーテボリ生まれ。地元の音楽院でクラシックのチェロを学び始め、のちにデンマークのベーシスト、ニールス=ヘニング・エルステッド・ペデルセン(Niels-Henning Ørsted Pedersen, 1946 – 2005)からの強い影響を受けコントラバス奏者としてジャズに転向。1985年にサックス奏者のデイヴ・リーブマン(Dave Liebman)、ピアニストのボボ・ステンソン(Bobo Stenson)、ドラマーのヨン・クリステンセン(Jon Christensen)とカルテットを組みアルバム『New Hands』をリリースしその名を知られるようになった。
2000年代以降はドイツのジャズ・レーベル、ACT Musicの看板アーティストとして多数の作品をリリース。クラシック音楽からの影響の色濃い音楽性が特徴的で、北欧ジャズを牽引する存在となっている。
2012年に“Liberetto”バンドを結成。グループ名はオペラをはじめとする劇場のための音楽の台本「リブレット(Librretto)」と、ラテン語の「自由」を意味する「リベル(Liber)」を組み合わせた造語で、初代のピアニストとしてアルメニア生まれの天才ティグラン・ハマシアン(Tigran Hamasyan)を、ドラムスにはe.s.t.(Esbjörn Svensson Trio)のマグヌス・オストロムを迎えるなど、国や地域性を超えクラシック音楽とジャズを融合させた作品は高く評価された。
Lars Danielsson – double bass, cello, gimbri (10), piano (10), electric guitar (6)
Gregory Privat – piano
John Parricelli – guitar
Magnus Öström – drums, percussions
Guests :
Arve Henriksen – trumpet (3, 7)
Magnus Lindgren – flute and alto flute (6)
Carolina Grinne – English horn (8)
- 古ノルド語(Old Norse)…7〜15世紀にヴァイキングがスカンジナビアや欧州の植民地で話した北ゲルマン語派の言語。現代のアイスランド語、ノルウェー語、スウェーデン語などの祖先であり、8〜11世紀には英語に多大な影響を与えた。 ↩︎