BLMの流れを汲んだフリージャズ集団 Irreversible Entanglements、未来志向の社会派ジャズ

Irreversible Entanglements - Future Present Past

イレヴェーシブル・エンタングルメンツ 5th『Future Present Past』

BLM運動1と密接に関わってきたNYブルックリンのジャズ・コレクティヴ、イレヴェーシブル・エンタングルメンツ(Irreversible Entanglements)が、5作目となる『Future Present Past』をリリースした。これまでの彼らの作品、特に初期の激しい怒りと痛みの表現と比べ、本作は「喜び(joy)」に焦点を当てており、フロント・ウーマンであるムーア・マザー(Moor Mother)の詩も従来のような正義心から沸く怒りよりも、高揚する喜びや励ましといったポジティヴな感情へと変化している。

それはアルバムのタイトルにも象徴的に表れている。過去に学び、現在を生き、未来を築け──社会の怒りは彼らの原動力だったが、音楽活動を通じて似た境遇にある人々に希望を与えてきた彼らは、いよいよ次のフェーズに入ってきた。

アルバムは祝祭的で力強いパーカッション・アンサンブル(1)「Juntos Vencemos」(スペイン語で「ともに勝利を掴む」の意味)で幕を開く。
アルバム全編で躍動の源となるドラマー、チェザー・ホームズ(Tcheser Holmes)のサンバジャズ風のソロで始まる(2)「Don’t Lose Your Head」は、未来志向の結束の呼びかけだ。ゲストとしてアルバムの多くの曲に参加するヴォーカリスト、マザーボード(Motherboard)のマントラのように繰り返されるメッセージ「Don’t lose your head messing with the gods」(神々に抗って我を見失うな)は、絶対的な権力への降伏宣言などではもちろんない。

(2)「Don’t Lose Your Head」

(4)「Panamanian Fight Song」(パナマ人の闘いの歌)も、今作の象徴的な1曲だ。チャールズ・ミンガス(Charles Mingus, 1922 – 1979)の名曲「Haitian Fight Song」(ハイチ人の闘いの歌)を彷彿させるタイトルで、バンドのトランペッター/ピアニストのアキレス・ナバロ(Aquiles Navarro)のルーツであるパナマ2に絡め、不屈の人々が逆境に打ち克つ物語を表現する。

(4)「Panamanian Fight Song」

収録曲中もっとも長い(7)「Keep Going」では、繰り返すベースラインと細かくパルスを刻むドラムスによって作られるグルーヴと、不穏な和音を鳴らすエレクトリック・ピアノ、鋭く空間を切り裂くアルトサックス、そして囁くようなムーア・マザーの朗読、ソウルフルなマザーボードの歌唱により、混沌とした現代を生き抜き、未来へと向かう彼らが信じる希望が力強く表現されている。

Irreversible Entanglements 略歴

イレヴェーシブル・エンタングルメンツは、2015年にアメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク市ブルックリンで結成されたフリー・ジャズ・コレクティヴ。メンバーは、詩人/ヴォーカリストのカマエ・アイェワ(Camae Ayewa, 別名Moor Mother)、サクソフォン奏者のキア・ニューリンガー(Keir Neuringer)、トランペット奏者のアキレス・ナバロ(Aquiles Navarro)、ベーシストのルーク・スチュアート(Luke Stewart)、ドラマーのチェザー・ホームズ(Tcheser Holmes)の5人。

グループ結成のきっかけは、ニューヨーク市警によるアカイ・ガーリー(Akai Gurley)射殺事件3を受けて開催された「Musicians Against Police Brutality」というイベントだった。音楽と社会活動を通じて出会ったメンバーにより、社会正義をテーマにした解放志向のバンド活動を開始。
彼らの音楽はフリージャズの伝統を基盤に、詩の朗読やスピークン・ワードを融合させた独自のスタイルを特徴とする。サン・ラ(Sun Ra)やアートアンサンブル・オブ・シカゴ(Art Ensemble of Chicago)などの影響を受けつつ、スポークンワードも交え警察暴力や人種差別に対する政治的メッセージを強く打ち出す。

これまでにスタジオ・アルバムを5枚リリースしており、2023年に名門インパルス・レコードと契約し、アルバム『Protect Your Light』を発表。国内外の批評で高く評価され、現代ジャズシーンにおける重要な存在となっている。

Irreversible Entanglements :
Camae Ayewa (Moor Mother) – voice, percussion
Keir Neuringer – soprano saxophone, alto saxophone, electric piano, synthesizer, voice, percussion
Aquiles Navarro – trumpet, piano, conch, horns, percussion
Luke Stewart – upright bass, mbira, whistle, voice, percussion
Tcheser Holmes – drums, voice, percussion

Guests :
Helado Negro – voice (1, 10)
Motherboard (Kyle Kidd) – voice (2, 3, 5, 6, 7)

  1. BLM運動(Black Lives Matter)…2012年の少年射殺事件を機に発足し、警察の不当な権力執行や不平等な社会システムの是正、そして黒人の尊厳を守ることを目的とした社会運動。 ↩︎
  2. パナマ(República de Panamá)…中央アメリカの国。太平洋と大西洋を結ぶパナマ運河をめぐり、アメリカの介入や独裁政権など、複雑な政治的闘争を経験してきた土地でもある。 ↩︎
  3. アカイ・ガーリー射殺事件(Killing of Akai Gurley)…2014年11月20日、ニューヨーク市警察(NYPD)新人警官ピーター・リアンがニューヨークの公営住宅階段で、非武装のアカイ・ガーリー氏を誤射殺した事件。跳ね返った弾丸が胸に命中し、警察暴力の象徴としてBlack Lives Matter運動を加速させた。 ↩︎
Irreversible Entanglements - Future Present Past
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