名手ニタイ・ハーシュコヴィッツ、抒情の海へと深く潜る充実のソロピアノ『Call On The Old Wise』、ECMよりリリース

Nitai Hershkovits - Call On The Old Wise

ニタイ・ハーシュコヴィッツ、ECMからの初ソロ・アルバム

イスラエル屈指のピアニスト、ニタイ・ハーシュコヴィッツ(Nitai Hershkovits)が2018年の『New Place Always』以来となるソロピアノ作品をリリースした。『Call On The Old Wise』と題された今作は前作以上のボリュームで全18曲50分、抒情の海に深く深く潜り込むような豊かな音楽体験に浸れる傑作と言って過言ではないだろう。

個人的には2019年の『ザ・ピアノエラ』での来日公演で彼が魅せた美しくどこか不思議な音空間、その残像が鮮明に蘇ってくる想いだ。あの公演で、ニタイ・ハーシュコヴィッツはかつて在籍したアヴィシャイ・コーエンのトリオや、Raw Tapesでのリジョイサーらとのエレクトリック/グルーヴ路線とは明らかに異なる姿を見せてくれた。彼を音楽の道に導いたラフマニノフやスクリャービンなどのクラシック音楽、チック・コリアやキース・ジャレットなどのジャズ、そしてイスラエルの伝統音楽を研究し自らの血肉とし、誰にも似ない創造性を醸造してきたソロ・ピアニストとしての彼の深い精神性が滲み出る演奏に私は心から感銘を受け、アコースティック・ピアノのソロ演奏こそが彼の揺るぎのない根幹であり、本質なのだろうなと感じ取った。

(12)「Late Blossom」

アルバムに収めらた演奏は各楽曲ごとのテーマにインスパイアされた即興演奏が軸となっているように聴こえる。ここには気持ちの昂りとともに感情のままに旋律が溢れ出て見事なタペストリを織り上げるものもあれば、思索から思索へと回り道をしながらその軌跡を描くような曲もあり、そのどれもが一貫して美しい。

大部分はニタイ・ハーシュコヴィッツによる創造性溢れるオリジナルだが、数曲カヴァーも。これらは明確なメロディーがあり、アルバムの中では明らかに異質だ。
ニック・ドレイクの母であり、詩人/シンガーソングライターのモリー・ドレイク(Molly Drake, 1915 – 1993)のカヴァー(7)「Dream Your Dreams」の美しさは筆舌に尽くし難い。
(10)「Single Petal Of A Rose」はデューク・エリントン(Duke Ellington, 1899 – 1974)の曲。
こうした古い曲を取り上げているあたりも、アルバムのタイトルであるCall On The Old Wise、“老いた賢者を呼べ”という思いに沿ったものだろう。ニタイ・ハーシュコヴィッツのこれまでの作品は比較的実験要素を感じさせるものもありながら、その礎は先人が積み重ねてきた経験にしっかりと根差していることが伺えるテーマでもある。

(17)「For Suzan」は彼がエルサレムで師事したピアノ教師、スーザン・コーエン(Suzan Cohen)に捧げたもの。ニタイの説明によると、本作でWiseつまり賢者の語で暗示し(1)「The Wise」や(16)「Of Mentorship」で描かれる指導者も彼女なのだという。

アルバムはマンフレッド・アイヒャーのプロデュースによりECMからリリースされ、彼にとってはピアニストとして参加したサックス奏者オデッド・ツール(Oded Tzur)の作品『Here Be Dragons』、(2020年)、『Isabela』(2022年)に続く3作目、自身の作品としてはECMデビューということになる。

Nitai Hershkovits 略歴

ピアニスト/作曲家ニタイ・ハーシュコヴィッツ(Nitai Hershkovits, ヘブライ語表記:ניתאי הרשקוביץ)は1988年にモロッコ人の母親とポーランド人の父親の間に生まれた。12歳でクラリネットを始め、ピアノを本格的に始めたのは意外と遅く15歳からだという。17歳の頃までにテルアビブに移り、音楽学校と個人レッスンでクラシックとジャズの両方を深く学んだ。ジャズではソニー・ロリンズやジョン・コルトレーンに強く影響を受け、特にコルトレーンのソロは殆どを採譜し研究したという。

2011年にイスラエルを代表するベーシスト、アヴィシャイ・コーエン(Avishai Cohen)のバンドにシャイ・マエストロ(Shai Maestro)の後任ピアニストとして加入したことで国際的に知られるようになる。アヴィシャイとはデュオ作『Duende』(2012年)、室内楽プロジェクト『Almah』(2013年)、ピアノトリオ作『From Darkness』の3枚のアルバムを残した。

2016年に自身のソロ・デビュー作『I Asked You A Question』をイスラエルの気鋭レーベル「Raw Tapes」からリリース。ビートメイカーのリジョイサー(Rejoicer)によるプロデュースのもと、自身もローズピアノやシンセサイザー、クラリネットを演奏するなど新たな音楽的側面を見せた。

Nitai Hershkovits – piano

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