モニカ・ゼタールンド&ビル・エヴァンスの名盤への再訪。現代北欧ジャズの才媛アンナ・グレタ新譜

Anna Gréta - Some Other Time

アンナ・グレタによる北欧ジャズ初期の名盤への再訪

モニカ・ゼタールンド(Monica Zetterlund, 1937 – 2005)がビル・エヴァンス(Bill Evans, 1929 – 1980)のトリオをバックに、アメリカのスタンダードやスウェーデンの伝統歌を歌った『Waltz For Debby』(1964年)というアルバムを愛するジャズファンは多いだろう。このアルバムは北欧のフォークソングとジャズの幸せな出会いによって生まれた奇跡のように美しい魔法を世界中に目撃させ、多くの人々をその軽やかなスウィングの虜にし、その後半世紀以上にわたってジャズの最高の栄誉である“名盤”というリストの常連となった。

幼い頃からジャズに親しみ、ジャズとともに育ったアイスランド生まれのピアニスト/歌手アンナ・グレタ(Anna Gréta)もまた、その魔法の虜になり、それを自身の音楽的指針としてきたひとりだった。スウェーデンに移り住み、前述の名盤が世に出てからちょうど半世紀が過ぎた頃にジャズの世界で頭角を表し、今では北欧を代表する弾き語り系ジャズピアニストとして国際的に認知されつつある彼女が、ついにその偉大な作品に再訪をする日が来た。

ACTからリリースされたアンナ・グレタの2025年最新作『Some Other Time: 60 Years of Monica Zetterlund & Bill Evans – Waltz for Debby』は、そのタイトルと副題がすべてを物語っているとおり、深い愛情と敬意をもってモニカ・ゼタールンド&ビル・エヴァンスの足跡を辿る美しい作品だ。アルバムには“名盤”に収録されていた曲のほとんどがラインナップされており、アンナ・グレタ流の解釈で再演されている。彼女は今作でビル・エヴァンスのピアノとモニカ・ゼタールンドのヴォーカルを兼任するが、ピアノに関してはエヴァンスの流麗なスウィングは自身の領域ではないと(ピアノの演奏で)宣言し、それぞれの曲は物語を噛み締めるような演奏に徹する。

ゼタールンド&エヴァンスのアルバムでも特に印象的な輝きを放っていた、スウェーデンの伝統曲(2)「Jag Vet en Dejlig Rosa」(美しい薔薇)

アンナ・グレタの個人的な内面を映す作品であり、編成は最小限だ。
基本的にアンナ・グレタ自身のピアノの歌で展開されるが、これまでの彼女の作品でも演奏してきた父親のシグルズール・フロサソン(Sigurður Flosason)が多くの曲でサックスを演奏している。そしてそのプレイと音色がとにかく抒情的で素晴らしく、作品をより美しいものに仕立てあげる。

アルバムのラストにはモニカ&ビルのアルバムにはなかった曲(9)「Nú Vil Ég Enn Í Nafni Þínu」がベーシストのヨハン・テンホルム(Johan Tengholm)とのデュオ演奏で収録されている。これはアイスランドの伝統曲で、アンナ・グレタが個人的なタッチを加えるために選曲したもの。アイスランド語の曲名は“今も私はあなたの名において”を意味し、歌詞では神への祈りと、罪の告白と赦しを求める心情が表現されている。

本当に、素晴らしく完璧なアルバムだと思う。──ただひとつ、エヴァンス作曲の世界一美しいワルツである「Waltz for Debby」を収録しないという過ちを冒した点を除いて。

(5)「Vindarna Sucka Uti Skogarna」(悲しい風)

北欧ジャズの新星アンナ・グレタ 略歴

アンナ・グレタはアイスランドの首都レイキャビク近郊で生まれ育った。今作にも参加している木管奏者のシグルズール・フロサソン(Sigurður Flosason)は実父。
彼女の音楽の原体験の記憶はビートルズの「Let It Be」にあるといい、今でもそのピアノと声でシンプルだが強く訴えかける音楽の強い影響下にある。父親の影響もあり、ジャズではビル・エヴァンスに強く惹かれたようだ。

2014年にスウェーデンのストックホルムに移り、王立音楽大学で学んだ。彼女の才能はすぐに広く知られるようになり、各地のコンサートで演奏すると2015年度のアイスランド・ミュージック・アワードのジャズ部門で受賞するなど実力も賞賛されるようになる。2019年にギタリストのマックス・シュルツ(Max Schultz)と共同名義でデビューアルバム『Brighter』をリリース。その後はドイツの名門ACTレーベルからソロ・デビュー作『Nightjar in the Northern Sky』(2021年)、2nd『Star of Spring』(2024年)をリリースしている。

Anna Gréta Sigurðardóttir – vocals, piano
Sigurður Flosason – saxophone
Johan Tengholm – double bass

モニカ・ゼタールンド & ビル・エヴァンス『Waltz for Debby』

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