ピアノとクラリネットの対話が紡ぐ、コーカサスとバルカンの風景『Il Duo』

Giorgi Mikadze & Ismail Lumanovski - Il Duo

Giorgi Mikadze & Ismail Lumanovski 『Il Duo』

コーカサス地方とバルカン半島の旋律が混ざり合い、高度な即興で絡み合う素晴らしいデュオ・アルバムだ。
ジョージア出身のピアニスト、ジョルジ・ミカゼ(Giorgi Mikadze)と、北マケドニア共和国出身のクラリネット奏者イスマイル・ルマノフスキー(Ismail Lumanovski)の2026年作『Il Duo』は、全9曲・約34分というコンパクトな作品ながら、コーカサスからバルカン、アナトリア、東地中海へと広がる広大な音楽文化圏の記憶が凝縮されている。

アルバムの出発点となるのは、ミカゼ自身が語る「二つの声、二つの世界、ひとつの言語――音楽」というコンセプトだ。実際、本作には伴奏とソロという関係性がほとんど存在しない。ピアノとクラリネット(アナトリア地域などでは主流のG管)は常に対等な立場で向き合い、ときに寄り添い、ときに問いかけながら対話を続ける。ジャズ作品でありながら、そこには室内楽のような親密さが漂っている。

収録曲にもこの二人の文化的背景が色濃く反映されている。1919年に初演されたジョージアの喜歌劇「Keto & Kote」からの(1)「Janaya」、アルメニア系作曲家アラ・ディンクジアン(Ara Dinkjian)による(2)「Common Spirit」、トルコの巨匠ズュルフュ・リヴァネリ(Zülfü Livaneli)の(4)「Karli Kayin Ormani」、ジョージア現代音楽を代表するギヤ・カンチェリ(Giya Kancheli)の(3)「When Almonds Blossomed」と(8)「She Is Here」、さらにジョージアの作曲家ヴァジャ・アザラシュヴィリ(Vazha Azarashvili)による(6)「Autumn Sun」など、選曲そのものがコーカサスとバルカンを結ぶ地図のような役割を果たしている。

なかでも印象的なのは、スイス出身の世界的なクロマチック・ハーモニカ奏者グレゴア・マレ(Grégoire Maret)をゲスト奏者として迎えた二つのカンチェリ作品だ。クラリネットとハーモニカはともに「息」で歌う楽器であり、その音色は驚くほど自然に溶け合う。派手な演奏ではないが、一音一音に深い余韻が宿り、本作の静謐な美しさを象徴する。

(1)「Janaya」

一方で、イスマイル・ルマノフスキー作曲の(5)「Kind Of Minor」や(9)「Lullaby」、ジョルジ・ミカゼ作の(7)「Ismail’s Tango」では、両者のオリジナルな創作性も存分に発揮される。民族音楽の語法を土台にしながらも、単なる伝統再現には留まらず、現代ジャズや即興音楽としての自由な発想が随所に息づいている。

(5)「Kind of Minor」

近年、民族音楽とジャズの融合を掲げる作品は数多く存在する。しかし本作の魅力は、それらを「融合」するのではなく、それぞれの文化的記憶を持ったまま共存させている点にある。デュオ(あるいはトリオ)という最小限の編成も、互いの呼吸に反応しながら繊細に音楽を織り上げていく今作のコンセプトに見事にはまっている。コーカサスとバルカン、東と西、伝統と即興。それら境界線に、そっと静かに架けられた橋のようなアルバムだ。

2026年のワールド・ジャズ作品のなかでも、ひときわ繊細で美しい一枚として記憶されるべき作品だろう。

Giorgi Mikadze プロフィール

ジョルジ・ミカゼは1989年ジョージア(グルジア)生まれのピアニスト/作編曲家。幼少期からクラシック音楽教育を受け、後にアメリカへ渡ってジャズを本格的に学んだ。ジョージアの伝統音楽、とりわけ複雑なポリフォニーや民族的旋法を現代ジャズへ取り込む独自のスタイルで知られる。

これまでに自己名義作品のほか、世界各地のジャズ奏者や民族音楽家とのコラボレーションを展開。伝統音楽と即興演奏を結びつける活動を続けており、コーカサス地域の音楽遺産を国際的なジャズの文脈で再解釈する代表的なアーティストの一人として評価されている。

Ismail Lumanovski プロフィール

イスマイル・ルマノフスキーは1984年北マケドニア共和国生まれのクラリネット奏者/作曲家。幼少期にアメリカへ移住し、クラシック音楽を基盤としながらジャズやバルカン音楽へ活動領域を広げた。

バルカン半島に伝わる舞曲や歌謡の旋律語法を高度な即興演奏へ昇華させるスタイルで知られ、クラリネットの豊かな歌心と卓越した技巧によって国際的な評価を獲得。ジャズ、クラシック、ワールドミュージックの境界を越えて活動し、故郷の音楽文化を現代的な表現へ発展させてきた。

Giorgi Mikadze – piano
Ismail Lumanovski – clarinet

Guest :
Gregoire Maret – harmonica

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