イラン出身、ダブルネック・ギターの奇才マハン・ミララブ 言葉にできない想いを静かに描く新譜『Unspoken』

Mahan Mirarab - Unspoken

静かなる傑作。マハン・ミララブがACTから贈る新作

特注のダブルネック・ギター(フレットレスとフレッテッド)を用い、独自の音楽を表現するイラン出身のマハン・ミララブ(Mahan Mirarab)。彼が初めて名門ACTレーベルより発表した『Unspoken』(2026年)は、そのタイトルが示すように、彼自身に内在する言葉にできない数々の想い──望郷、喪失、沈黙、憤怒、そして希望など──が込められた精神的な深みのある作品だ。

アルバムは、本作が制作されるきっかけとなった(1)「First Idea」で始まる。ACTのCEO/プロデューサーのアンドレアス・ブランディス(Andreas Brandis)がマハン・ミララブに注目してすぐに、マハン・ミララブは彼らに多数の音源を送った。その中にあったこのシンプルな小品のスケッチを彼らがいたく気に入り、アルバム制作へと繋がったのだという。確かに、ハーモニクスや、フレットレスのナイロン弦ギターならではのスライドを効果的に用いたイントロから、すでに説得力は充分だ。続いて現れる印象深い微分音に彩られたパートも、ヨーロッパ屈指の名プロデューサーの琴線を静かに、だが深く振動させるには充分すぎたはずだ。

アルバムを通じて、ダブルネックのギターというヴィジュアル面のインパクトに反し、サウンドや技巧面での派手さはない。むしろ、一音一音を慈しむように押弦し爪弾く姿は、求道者の佇まいを感じさせる。

(2)「Unspoken」

ゲストの参加は制作過程で自然発生的に生まれたという。

ACTの看板アーティストであるベーシスト、ラーシュ・ダニエルソン(Lars Danielsson)は(3)「A Way to Mourn」と(7)「Lars in Isfahan」に参加し、思索的な低音でマハン・ミララブの深淵に更なる深みを加える。前者はマハン・ミララブの祖母の死を受けて書かれた曲で、大切な人の喪失を静かに受け止める、癒しのプロセスが心に響く。後者のタイトルにあるエスファハーンとはイランの都市で、ペルシャ文化と、北欧が育んだラーシュ・ダニエルソンの音楽的な感性が平和のうちに融合する。

3曲にゲスト参加するイラン出身のチェリスト、キアン・ソルターニ(Kian Soltani)は今作におけるもっとも重要な音楽的パートナーだ。彼は主にクラシックの分野で活躍し世界的に名の知られた音楽家だが、即興も得意としている。今作では楽曲のアレンジ面でも重要な役割を果たしているようで、キアンはマハンが書いて送ったチェロのパートを独自の解釈で大幅に書き換えて編曲し、楽曲に新たな視点をもたらした。二人でデュオ演奏される(5)「Choopan 42」、(9)「Weissensee」、そして詳しくは後述するが(11)「Jina」は音楽的にも非常に充実した仕上がりで、今作の柱となっている。

マハン・ミララブの公私のパートナーであり、彼の過去作にも参加してきた歌手/マルチ奏者ゴルナール・シャヒャール(Golnar Shahyar)は、(8)「Sparkling Dark Gaze」を今作中で唯一のヴォーカル曲としている。楽曲自体はゴルナール・シャヒャールのソロアルバム『Tear Drop』(2022年)に収録されていたもののセルフ・カヴァーで、人の内面に共存する光と影や、痛みを知った先で見出す希望といったテーマを詩的に描き出す。

(8)「Sparkling Dark Gaze」

クルド語で「生命」を意味するという(11)「Jina」は、2022年9月13日にヒジャブの着け方を理由に道徳警察(風紀警察)に拘束された22歳のイラン国籍のクルド人女性ジナ・マフサ・アミニ(Jina Mahsa Amini)と深く関連している。彼女は警察による暴行が原因で3日後の9月16日に死亡し、この事件はイラン各地での大規模な抗議デモとその弾圧に発展した。この曲では、静かに繰り返す音型を基本に、マハン・ミララブはキアン・ソルタニのチェロとともに時に怒りに似た激しさを纏った演奏を繰り広げている。

ジャズなき地から現れた努力の天才

マハン・ミララブ(Mahan Mirarab)は1983年イランの首都テヘラン生まれのギタリスト/作曲家。
彼の最初の芸術体験は絵画を描くところから始まった。80年代のイラン・イラク戦争中に幼少期を過ごし、12歳からピアノを弾いて音楽を始め、1年後にクラシックギターに転向。16歳のときにウェス・モンゴメリーのテープを入手すると彼の曲のコピーを始め、当時のイランにはジャズを教える教育機関や書籍、録音などのあらゆる種類のメディアへのアプローチがまったくない中で独学でジャズを学び始めた。この最初のステップは非常に困難だったが、90年代半ばにイランのメディアも発達しチャーリー・パーカー、バド・パウエル、クリフォード・ブラウン、ジョン・コルトレーンなどのジャズ・レジェンドの音楽にアクセスし分析や学びを深めていったという。

ジャズの学びを始める頃、彼はペルシャで受け継がれてきた音楽も習得しようと伝統楽器であるタールの演奏も始めている。この経験は現在の演奏スタイルであるフレットレスギターでの微分音の表現に大きな影響を与えている。

2003年の夏にアルメニアのジャズ・ピアニスト、ヴァハグン・ヒラペティアン(Vahagn Hyrapetian)が初めてイランでワークショップを開催。参加したマハン・ミララブはヴァハグンからデュオ・コンサートの誘いを受けるなど、ジャズ・ミュージシャンとして認められる存在となっていった。直後にギタートリオを結成するなど、イラン国内で主にサイドマンとして活発に活動した。

2008年にテヘラン芸術建築大学で建築の勉強を終えると、ウィーンへの移住を決意。新天地ではヴォルフィ・ライナー(Wolfi Rainer, ds)とロベルト・ユキッチ(Robert Jukič, b)とともにジャズとペルシャの伝統音楽を融合させた最初のアルバムを録音した。

楽器はフレットレスとフレッテッドのダブルネックのギターを使用。
ナイロン弦のクラシックギタータイプのダブルネックと、エレクトリックのダブルネックギターをよく利用している。

Mahan Mirarab – guitars

Guests :
Kian Soltani – cello (5, 9, 11)
Lars Danielsson – double bass (3, 7)
Golnar Shahyar – vocal (8)

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