Michel Bisceglia Trio、結成30周年を飾るアルバム『The Virgo』
ベルギーを代表するジャズ・ピアノ・トリオ、ミシェル・ビスチェリア・トリオ(Michel Bisceglia Trio)が、結成30周年を記念して発表したアルバム『The Virgo』。ピアノのミシェル・ビスチェリア(Michel Bisceglia)、ベースのヴェルナー・ラウシャー(Werner Lauscher)、ドラムスのマーク・レハン(Marc Lehan)という30年間にわたり不動のメンバーによる通算8作目のスタジオ・アルバムで、長年にわたって培ってきたアンサンブルを土台に、叙情的な旋律と即興演奏の自由を追求している。
ヨーロピアン・ジャズらしい作品だ。作曲家としてのビスチェリアの緻密な構成力と、派手さではなく知性に重心を置いたインタープレイの結びつきが絶妙で、すっと心に沁み入ってくる音楽。エリック・サティやクロード・ドビュッシーなどのクラシックにも通じる和声感覚や、映画のワンシーンを思わせる情景的な広がりを備えながら、演奏はジャズならではの柔軟さを失わない。ピアノ、ベース、ドラムスの3者が互いの音に耳を傾け、旋律やリズムを受け渡していく。長年同じメンバーで演奏を重ねてきた3人の関係性が、この作品の重要な基盤となっていることは間違いない。
収録曲は全10曲。ビスチェリアのオリジナル曲を中心に、チック・コリア(Chick Corea)の(7)「Again and Again」と、シャンソンの名曲(9)「I Wish You Love」を取り上げている。異なる背景を持つ楽曲を並べながらも、アルバム全体を貫くのは旋律を大切にした表現と、構成と即興のバランスだ。特定のスタイルにとどまらず、ジャズを軸にさまざまな音楽的要素を取り込んできたトリオの姿勢がうかがえる。
曲名も興味深い。表題曲(3)「The Virgo」(乙女座)に加え、(2)「Laniakea」、(4)「Oort Cloud」といった天文学に関係する名称が並ぶ。ラニアケア超銀河団1やオールトの雲2を指すこれらのタイトルは、音楽に広大な空間を感じさせる。もっとも、アルバム全体が宇宙を主題とするコンセプト作品なのか、個々の曲名にどのような着想が込められているのかについて具体的な説明は公表されていないが、人類にとって永遠のロマンである宇宙を想いながらこれらの演奏を聴くのは、リスナーとして誠実な姿勢のようにも思う。
(8)「Аэлита」は唯一のロシア語タイトル曲。ソ連の小説家アレクセイ・ニコラエヴィッチ・トルストイ (Aleksey Nikolayevich Tolstoy)のSF小説『アエリータ(火星へいった地球人)』(1923年)にインスパイアされたものと思われる。
録音は2025年5月、ベルギーのメヘレンにあるMotor Music Studioで行われ、全曲のプロデュースとミックスをミシェル・ビスチェリア自身が担当。
30年にわたる共演は、単なる活動歴以上の意味を持つ。互いの演奏を熟知した3人だからこそ、楽曲の構造を共有しながら即興のなかで細かな変化を生み出すことができる。『The Virgo』はそうした信頼関係を背景に、旋律の美しさ、音の余白、アンサンブルの対話を大切にした素晴らしい作品だ。長い年月を経てもなお、新しい音楽を生み出そうとするトリオの現在地が、ここにある。
Michel Bisceglia Trio プロフィール
ベルギーのピアニスト/作曲家ミシェル・ビスチェリア(Michel Bisceglia)が率いるピアノ・トリオ。1997年に結成され、ダブルベースのヴェルナー・ラウシャー(Werner Lauscher)、ドラムスのマーク・レハン(Marc Léhan)とともに、30年近く同じメンバーで活動を続けてきた。叙情的な旋律と洗練された和声、ジャズの即興性にクラシック音楽や映画音楽を思わせる構成感を織り交ぜたサウンドが特徴。ベースとドラムスが生み出すしなやかなうねりが、ビスチェリアの繊細かつ表情豊かなピアノを支えている。
これまでに『About Stories』『Inner You』『Invisible Light』『Singularity』『Blue Bird』『Silence Loud』などのアルバムを発表。ランディ・ブレッカー(Randy Brecker)、ボブ・ミンツァー(Bob Mintzer)ら著名なジャズ奏者との共演歴も持ち、米国やアジア、ヨーロッパのジャズ・フェスティバルにも出演してきた。リーダーのビスチェリアは映画音楽の作曲家としても活躍し、映画『Marina』の音楽で2014年のワールド・サウンドトラック・アワード観客賞を受賞している。2026年には結成30周年を記念するアルバム『The Virgo』を発表。長年培ってきた緊密なアンサンブルを基盤に、叙情性と即興の自由を追求し続けている。
Michel Bisceglia – piano
Werner Lauscher – double bass
Marc Lehan – drums