アダム・バウディヒ、新たなカルテットでの新作『Endless』
ポーランドを代表するジャズ・ヴァイオリニスト、アダム・バウディヒ(Adam Baldych)が、新たに結成した多国籍カルテットでの演奏を収録した新譜『Endless』をリリースした。僕はこの音楽家の音色や表現力が大好きなので、やや偏愛的なレビューになってしまうかもしれないけれど、やはり彼の音楽は最高だ。この地球上で最高に美しい音楽のひとつだと言って過言ではないと思う。
今回のカルテットは、ヴァイオリンとルネサンス・ヴァイオリンを演奏するアダム・バウディヒのほか、イタリア出身のバンドネオン奏者ダニエレ・ディ・ボナヴェントゥーラ(Daniele di Bonaventura)、スウェーデン出身ピアニストのヤコブ・カールソン(Jacob Karlzon)、そしてフランス出身のベース奏者ミシェル・ベニタ(Michel Benita)という編成。ヴァイオリン、バンドネオン、ピアノ、ベースというカルテットは歴史の長いジャズの中でもかなり風変わりな編成のように思えるが、実はバンドネオンが主役になることの多いタンゴでは比較的一般的な編成でもある。ただ、今作が面白いのは、タンゴの編成を用いながらタンゴの要素を徹底的に排していることだ。タンゴの歴史的な編成をヨーロッパ、特に北欧ジャズの文脈で再解釈した、という視点で見ると面白い感じがする。
楽曲もエリック・サティ(Éric Satie, 1866 – 1925)の有名なクラシック(10)「Gnossienne」以外はアダム・バウディヒの作曲。そして今作中でこの曲が唯一、タンゴにも通じる明確なリズムを持った曲だという点も面白い。(楽曲自体はタンゴではないが、この編成がそう感じさせるのかもしれない)
今作でも、通常のヴァイオリンより7度低く調弦されたルネサンス・ヴァイオリン(つまり、ヴィオラよりも3度低い)の豊かな深みのある音色を、多くの楽曲で聴くことができる。個人的には、一般的なヴァイオリンよりもこのルネサンス・ヴァイオリンの音色の方がより魅力的に聴こえる。複雑な倍音、少しざらついた音はこの楽器の何よりの個性だが、これを扱うアダム・バウディヒはまるで楽器と一体化するかのように感情と感性を繋ぎ、人間の心の奥底に内在すると思われる様々な美しさとカオスを、音を通じて発散している。これが、たぶん彼の驚くべき“表現力”の正体なのだろう。
アルバムのタイトルの通り、最後の曲が終わってもなお、その余韻が残る。だんだんと静寂に溶け込みながら、その美しい残り香は忘れ物のように心に留まりつづける。きっと、それが一番大切なことなのだ。
Adam Bałdych プロフィール
アダム・バウディヒは1986年ポーランド西部の都市ゴジュフ・ヴィエルコポルスキに生まれ、9歳の頃からヴァイオリンを学び始めた。13歳でジャズに傾倒、16歳の頃よりプロとしての活動を始め“ジャズヴァイオリンの革新者”として世界にその名を轟かせた。
2012年にドイツの名門ジャズレーベル、ACT MUSICからデビュー作『Imaginary Room』を発表。これまでにヤロン・ヘルマン(Yaron Herman)、ヘルゲ・リエン(Helge Lien)、イーロ・ランタラ(Iiro Rantala)など多数の名手たちと共演。ヴァイオリンという楽器が持つポテンシャルを限界まで高める圧倒的な表現力を備えた現代最高峰の演奏家として評価されている。
数年前から通常のヴァイオリンよりも一回り大きく、7度ほど低く調弦されたルネサンス・ヴァイオリンを演奏に多用するようになっており、『Clouds』(2020年)や『Poetry』(2021年)、『Legend』(2022年)などでもその豊かな音色を楽しむことができる。
Adam Bałdych – violin, renaissance violin
Daniele di Bonaventura – bandoneon
Jacob Karlzon – piano
Michel Benita – double bass