Srdjan Ivanovic & Blazin’ Quartet 『Cosmogonie』
ボスニア・ヘルツェゴビナのサラエヴォ出身のドラマー、スルジャン・イヴァノヴィッチ(Srdjan Ivanovic)が率いるカルテット「Blazin’ Quartet」の2026年新譜『Cosmogonie』は、ギリシャ神話の天地創造(Cosmogony)にインスパイアされた、壮大なコンセプト・アルバムだ。
アルバムの着想は、「宇宙の誕生」や「恒星の一生」を眺める科学的な想像から始まった。しかしスルジャン・イヴァノヴィッチは、その途轍も無い壮大さと同時にどこか物悲しさも感じ、視点を「科学」ではなく「神話」へと移していった。アルバムに収録されている13曲にはそれぞれ「CHAOS」(混沌)、「GAÏA」(大地)、「NYX & ÉRÈBE」(夜と闇)といった古代ギリシャ神話における“神々”という人格が題されており、古代の人々が世界の始まりや地球、そして宇宙について“理解しようとした”プロセスを空想的に辿ってゆく。ギリシャ神話と類似した創世の物語は世界各地にあり、そうした普遍的な人類の探求心が呼び醒ますロマンが、“分断された現代社会”をかろうじて繋ぎ止める何かになり得るかもしれない、そう考えた。
スルジャン・イヴァノヴィッチとともに物語を紡ぐカルテットのメンバーは、ギリシャ出身のトランペット奏者アンドレアス・ポリゾゴプロス(Andreas Polyzogopoulos )に、イタリア出身のギタリストのフェデリコ・カザグランデ(Federico Casagrande)、そしてブルガリア出身のベーシストのミハイル・イヴァノフ(Mihail Ivanov)という面子。それぞれ文化は違えど、バルカン圏内もしくは近隣の出身であり、前述した古代神話も共有する価値観であると言えよう。この4人が奏でる音楽は個人技よりもアンサンブル、ひいては“物語”を重視する志向で、それぞれが物語における自身の役割を高度に理解・解釈しながら魅力的な個々の楽曲群を構築してゆき、その濃密な時間の流れとともに徐々に宇宙創世の叙事詩が浮かび上がってくる、そんな構成美こそが本作が感じさせる大きなエネルギーだ。
Srdjan Ivanovic プロフィール
スルジャン・イヴァノヴィッチは1983年ボスニア・ヘルツェゴビナ首都サラエヴォ生まれのドラマー/作曲家。ボスニア紛争の影響により1992年にギリシャ・アテネへ移住し、13歳でドラムを始める。その後オランダへ渡り、アムステルダム音楽院およびユトレヒト音楽院で研鑽を積み、オランダの若手ジャズ界を代表する登竜門「Dutch Jazz Competition」で優勝。さらに、プリンス・ベルンハルト財団の奨学金を得てニューヨークでも学び、国際的な活動の基盤を築いた。
2007年には自身のリーダー・バンド「Blazin’ Quartet」を結成。North Sea Jazz Festivalへの出演をはじめ、ヨーロッパ、アジア、南米など各地で演奏を重ね、コンテンポラリー・ジャズとバルカン音楽を融合した独自のサウンドで高い評価を獲得。代表作には『Finding A Way』(2009年)、『Jalkan Bazz』(2012年)、『La mer, la pierre, la terre, l’oiseau』(2017年)、『Sleeping Beauty』(2021年)、そしてギリシャ神話の宇宙創成を題材にしたコンセプト・アルバム『Cosmogonie』(2026)がある。
現在はフランス・パリを拠点に活動。自身のカルテットに加え、11人編成の「Nikolov-Ivanovic Undectet」や、バルカン色の濃いプロジェクト「Xénos」などでも精力的に作品を発表しているほか、映画や演劇の音楽も手がける。
彼の音楽は、バルカン半島の変拍子や旋律を現代ヨーロッパ・ジャズへ自然に溶け込ませた独創性が最大の特徴だ。卓越したドラミングを誇示するのではなく、作曲家として楽曲全体の構築を重視し、繊細なアンサンブルの中で物語性を描き出すスタイルは、ECM周辺の美学とも共鳴する。民族音楽、即興演奏、プログレッシヴ・ジャズを有機的に結び付けるその作品群は、現代ヨーロッパ・ジャズを代表する個性の一つとして高く評価されている。
Andreas Polyzogopoulos – trumpet
Federico Casagrande – guitar
Mihail ”Misho” Ivanov – double bass
Srdjan Ivanovic – drums, percussion