Søren Bebe Trio 『Gratitude』
北欧を代表するピアノトリオ、ソーレン・ベーべ・トリオ(Søren Bebe Trio)による9枚目のスタジオ・アルバム『Gratitude』がリリースされた。デンマークの音楽賞にノミネートされた前作『Here Now』(2023年)で確立された、ベーシストのカスパー・テーイル(Kasper Tagel)とドラマーのクヌート・フィンスルー(Knut Finsrud)とのピアノトリオ編成で、オリジナル曲を中心に北欧らしい抑制された美学が貫かれた作品となっている。
リーダーであり、ピアニスト/ピアニストのソーレン・ベーべは今作を「感謝、つながり、そして人生の静かな瞬間の美しさを見つめた作品」と位置付けている。アルバムの楽曲・演奏は、終始マインドフルネスに通じる瞑想的な次元の中を漂い、心へとゆっくりと浸透してゆく。矛盾するようだが、クールでありながら温かく情熱的な音が、ずっとある。
カヴァーは2曲を収録。
(5)「「And So It Goes」」はビリー・ジョエル(Billy Joel, 1949 – )が1989年に発表した名バラードだ。恋愛の喜びと喪失を静かに描いたこの楽曲を、ソーレン・ベーべはピアノトリオならではの親密なアンサンブルで再構築。歌詞に頼ることなく旋律の美しさと絶妙な間合いによって情感を描き出す演奏は、アルバム全体を包む穏やかな空気とも見事に調和している。
もう一曲はジャズシンガーのアビー・リンカーン(Abbey Lincoln, 1930 – 2010)が作詞・作曲した(8)「Throw It Away」。人生において執着を手放し、人に与えることの尊さを歌ったこの名曲は、「Gratitude(感謝)」というアルバムのテーマとも深く共鳴する。
本作には、資本主義社会が陥りがちな物質的な豊かさではなく、人間同士の心の繋がりや精神的に幸福な生活といった、数字では測ることのできない豊かさが感じられる。その佇まいは、老子の「知足者富(足るを知る者は富む)」という言葉をも思わせる。多くを語らず、多くを飾らず、それでも心は静かに満たされていく。そんな北欧ジャズならではの美学が、この作品には息づいている。とりわけ、ラストの(9)「Gratitude」など、ソーレン・ベーべの内面の美しさが表れた素晴らしい名曲名演だと思う。
Søren Bebe プロフィール
ソーレン・ベーべは1975年デンマーク・フュン島中部の都市オーデンセ生まれのピアニスト/作曲家。現在はコペンハーゲンを拠点に活動する、北欧ジャズを代表するピアニストの一人である。8歳からピアノを始め、スウェーデンを代表するジャズ・ピアニスト、ラーシュ・ヤンソン(Lars Jansson)らに師事。2004年にはオーフス王立音楽アカデミー(Royal Academy of Music Aarhus)のソリスト課程を修了した。
2001年には自身のトリオで北欧の若手ジャズ・コンペティション「Young Nordic Jazz Comets」を受賞。2007年にベーシストのニールス・リューゼ(Niels Ryde)、ドラマーのアナス・モーエンセン(Anders Mogensen)とともにソーレン・ベーべ・トリオ(Søren Bebe Trio)を結成し、以降はヨーロッパを代表するピアノ・トリオのひとつとして多数の作品を発表するなど活動を続けてきた。
彼の音楽は、北欧らしい静謐な空気感と歌心あふれるメロディを融合させたスタイルが特長で、しばしばトルド・グスタフセン(Tord Gustavsen)や故エスビョルン・スヴェンソン(Esbjörn Svensson)と比較される。一方で、本人はオスカー・ピーターソン(Oscar Peterson)、キース・ジャレット(Keith Jarrett)、アーロン・パークス(Aaron Parks)、そしてトランペッターのケニー・ホイーラー(Kenny Wheeler)を主要な影響源として挙げており、ジャズだけでなくクラシックやフォークの要素も自然に取り入れた、温かく親密なサウンドを追求している。
リーダー作に加え、デンマークを代表するジャズ・シンガーのセシリエ・ノービー(Cæcilie Norby)やサックス奏者ベンヤミン・コッペル(Benjamin Koppel)らのサイドマンとしても活躍。これまでヨーロッパ各国のほか、日本、中国、韓国、インドネシア、ブラジル、モロッコ、アメリカなど世界各地で演奏を重ね、香港ジャズ・フェスティバル、ロンドン・ジャズ・フェスティバル、ジャラスム・ジャズ・フェスティバル(韓国)、ジャワ・ジャズ・フェスティバル(インドネシア)、SXSW(アメリカ)などの国際的なフェスティバルにも出演している。
近年はベーシストのカスパー・テーイル(Kasper Tagel)、ノルウェー人ドラマーのクヌート・フィンスルー(Knut Finsrud)とのトリオで活動を展開。2023年の『Here Now』はデンマーク・ミュージック・アワードにノミネートされ、2026年発表の『Gratitude』では、繊細なメロディと豊かな余白を生かしたアンサンブルをさらに深化させた。現在も北欧ジャズの叙情性を体現するピアニストとして、世界各地で高い評価を集めている。
Søren Bebe – piano
Kasper Tagel – double bass
Knut Finsrud – drums