異なる音楽文化を背景に集った意外なカルテット! ソプラノサックス奏者エミール・パリジャン新作『Floating』

Emile Parisien - Floating

国際的ミュージシャンによる四重奏、エミール・パリジャン新譜『Floating』

フランスのソプラノサックス奏者/作曲家エミール・パリジャン(Émile Parisien)の新譜『Floating』は、多くのジャズファンが驚く作品だろう。カルテット編成だが、まず目を引くのはそのメンバー構成だ。ピアノにイスラエル出身の異色の経歴で知られるヤロン・ヘルマン(Yaron Herman)、ベースには名実ともに現代ジャズ最高峰、中国ルーツ/マレーシア生まれ/オーストラリア育ちの女性ダブルベース奏者リンダ・メイ・ハン・オー(Linda May Han Oh)、そしてタブラ/パーカッションにはグェン・レ(Nguyên Lê)との仕事で知られるインド系のプラブー・エドゥアール(Prabhu Edouard)という、それぞれ実力は折紙付きながらなぜこの4人なのか?という謎めいた編成だ。

アルバムは「人ありき」が出発点

この4人が集まったきっかけは、2025年4月、エミール・パリジャンが2年間レジデンスを務めたパリのThéâtre de la Cité Internationale1で、最後にディレクターから「好きなメンバーで理想のバンドを組んでいい」と白紙委任で与えられた一夜限りの自由企画だった。当時、自身のカルテットやレ・ゼガレ(Les Égarés)2など複数の活動が重なり音楽的に少し“飽和”していたというパリジャンは、より余白があり、呼吸のできる音楽を求めて「いま一緒に演奏したい人」を集めた。
まず声をかけたのは20年来の付き合いがあるヤロン・ヘルマンだった。プラブー・エドゥアールとは直前にジェフ・ミルズ(Jeff Mills)を交えた公演で共演しており、タブラという伝統的な楽器を自在に異なる音楽へ接続する柔軟性に惹かれていた。リンダ・オーについては長い間彼女の演奏に注目してはいたが、これまでに共演したことは一度もなかった。

その一夜限りのセッションは、先に音楽の構想があってメンバーを選んだわけではなかった。エミール・パリジャンは共演したいと思う4人を集めてから、「さて、何を演奏しよう」と考え始めたという。
彼はアヌアル・ブラヒム(Anouar Brahem)の「Badhra」をひとつの手掛かりとし、1970年代のキース・ジャレット(Keith Jarrett)やECM作品にも通じるような旋律と余白を生かした音楽を準備。リンダ・オーは初演当日にボストンから到着したばかりで、4人で合わせる時間はわずかだった。それでもステージでは予想以上の反応が生まれ、「一夜限りでは終わらせられない」とプロジェクトは継続することになる。つまり今作『Floating』は、変わった編成を狙って設計された作品ではなく。人を先に選び、音楽がその4人の間から後から生まれたアルバムなのだ。

複雑さから離れ、「歌う」サックスへ

その成り立ちが実際の音にもよく表れている。
一般的な編成であるドラムセットを置かず、プラブー・エドゥアールのタブラとパーカッションがリズムを担うことで音楽には一定の拍を刻み続けるジャズ・カルテットとは異なる伸縮性が生まれた。リンダ・オーのベースが低音の軸をつくり、その上をヤロン・ヘルマンのピアノとエミール・パリジャンのソプラノサックスが行き来する。4人とも高度な技術を持つ奏者だが、演奏は技巧を前面に押し出す方向には向かわず、互いの音を聴きながら、必要なところに必要なだけ音を置いていくインタープレイが特徴的だ。

この方向性を決める手掛かりとなったのが、アヌアル・ブラヒムが1998年のECM作品『Thimar』の冒頭曲として発表した楽曲のカヴァーである(4)「Badhra」だ。原曲はブラヒムのウード、デイヴ・ホランド(Dave Holland)のダブルベース、ジョン・サーマン(John Surman)のサックス/バスクラリネットによるドラムレスのトリオ演奏。本作ではウードの役割をピアノとソプラノサックスが引き受け、そこにタブラが加わることで原曲とは異なる流動的なリズムが生まれている。この曲をアルバムの中心に置いたことからも、パリジャンが求めていた音楽の輪郭がよく分かる。

(4)「Badhra」のライヴ演奏動画

アルバムにはもうひとつ、外部の作曲家による作品がある。冒頭を飾る(1)「Asian Songs & Rhythms, No. 40」は、神秘思想家として知られるゲオルギイ・グルジエフ(Georges Gurdjieff)3と作曲家トーマス・ド・ハルトマン(Thomas de Hartmann)4による作品。パリジャンはドイツのピアニスト、ヨアヒム・キューン(Joachim Kühn)を通じてこの曲を知ったという。静かな旋律から始まるこの曲を入口として「Badhra」へとつながる選曲には、中東や中央アジア、インドといった地域の音楽を直接模倣するのではなく、それらから受け取った響きを現代の即興音楽のなかで扱おうとする彼自身の来歴から培われたであろう哲学にも似た思想が感じられる。

残る楽曲の多くは4人によるオリジナルで、とりわけヤロン・ヘルマンが作曲面でも大きな役割を担っている。(3)「Olive Branch」、(7)「Ruth」、(8)「Nusrat」、(10)「El Toro」、(11)「Arco」はヘルマンの作曲。(5)「Portal」はパリジャンとの共作で、タブラのリズムと声、ピアノ、ソプラノサックスが次々と応答しながら音楽を組み立てていく、このカルテットの性格がよく表れた一曲だ。一方、2分弱の小品(9)「As It Comes and as It Goes」はリンダ・オーによるダブルベースのソロ演奏による楽曲で、アルバムのなかで彼女の存在を静かに浮かび上がらせる。

『Floating』は、パリジャン自身にとってもひとつの転換点にあたる作品のようだ。かつての彼は複雑な構成やリズムを積極的に用い、自身の音楽語法を拡張してきた。その一方で近年はヴァンサン・ペイラニ(Vincent Peirani)との活動やレ・ゼガレを通じて、より単純な旋律をそのまま“歌う”ことに改めて魅力を感じるようになったという。本作について本人が用いた言葉は“soft reset”。それまで培ってきたものを捨てるのではなく、一度力を抜き、旋律、余白、そして他者の音を聴くことへ重心を戻したのが、魅力的な編成によって綴られたこのアルバムなのだ。

(5)「Portal」

Emile Parisien – soprano saxophone
Yaron Herman – piano
Prabhu Edouard – tabla, percussion, voice
Linda May Han Oh – double bass, voice

  1. テアトル・ド・ラ・シテ・アンテルナショナル(Théâtre de la Cité Internationale)…パリ南部の国際大学都市(Cité internationale universitaire de Paris)内にある劇場。演劇、ダンス、音楽など現代舞台芸術を幅広く扱い、アーティストの創作支援やレジデンスにも力を入れている文化施設。 ↩︎
  2. レ・ゼガレ(Les Égarés)…エミール・パリジャンのほか、ヴァンサン・ペイラーニ(アコーディオン)、バラケ・シソコ(コラ)、ヴァンサン・セガール(チェロ)による四重奏。ジャズと西アフリカ音楽など、それぞれ異なる背景を持つ4人が即興を軸に共演するプロジェクト。 ↩︎
  3. ゲオルギイ・グルジエフ(Georges Gurdjieff, 生年不詳 – 1949)…アルメニアに生まれ、一般に「ワーク」として知られる精神的/実存的な取り組みの主導者として、および著述家/舞踏作家/作曲家として知られる。東洋を長く遍歴したのちにロシア、フランス、アメリカなどで活動した。 ↩︎
  4. トーマス・デ・ハルトマン(Thomas de Hartmann, 1884 – 1956)…ウクライナ生まれの作曲家/ピアニスト/作曲教授。 ↩︎

関連記事

Emile Parisien - Floating
Follow Música Terra