混沌としたAI時代の新しい音楽を体現する超絶女性ベーシスト、モヒニ・デイのやり方。『The Dey Way』

Mohini Dey - THE DAY WAY

現代最強のベーシスト、モヒニ・デイが主張する現代の音楽

たとえベーシストのソロ・アルバムだとしても「ベースばかりが目立っている」ような作品は近年は少なくなってきたように思うが、モヒニ・デイ(Mohini Dey)に関してはその法則は当てはまらないようだ。
1996年にインド・コルカタで生まれ、両親の影響で幼少期からインド古典音楽やジャズ、フュージョン、メタルなどに親しみ、10歳前後でプロとして音楽活動を開始。10代中盤になるとその超絶的な技巧で世界的な注目を浴びるようになり、現在では国際シーンにおける女性ベーシストのロールモデルと言われるまでになったヴァーチュオーゾなのだから、やはり華やかに目立つことでこそ、その真価が発揮されるものらしい。

否定的に捉えてはいけない。これは皮肉でもなんでもなく、ただの称賛だ。とにかく彼女の2作目となるアルバム『The Dey Way』を再生してみれば、その派手なベースプレイこそが手っ取り早く興奮できる最強の薬だということがわかるはずだ。

アルバムの冒頭(1)「The Dey Way」は、嵐を予感させる壮絶なイントロのあと、すぐに予報通りの大型の嵐がやってくる。モヒニ・デイのベースは“低音を地味に支える”ベースの固定観念を根本から剥ぎ取り、ほかのあらゆるすべてを巻き込み、その強力な吸引力で天高く巻き上げてゆく──フィーチュアされたハンガリー出身ドラマーのゲルゴー・ボルライ(Gergo Borlai)も相当に頑張っているが、モヒニ・デイはゲストのご機嫌も構うもんかとバチバチにスラップしまくる。

とにかく、バンド全員、ほとんど置いてけぼりなのである。音楽的にはもちろん成立しているのだけど、リスナーにはもうモヒニ・デイのベースしか聴こえない。彼女の姿しか見えない。
どれだけ多くの優れたミュージシャンが演奏に参加していようとも、モヒニ・デイのソロ作品の前では“飾りのようなもの”になってしまう。

超技巧的なジャズ・フュージョンにインドの謎めいたカルナティック古典のリズムが絡み、知性を欠いたアイドル音楽と虚無のままスクロールするショート動画にうつつを抜かす現代人に、新たな刺激をもたらす。

とにかく、「ベースの新しい景色」が、ここにはある。

(1)「The Dey Way」のMV

ここ数年で世界を一変させたAIも、彼女の音楽を語る上で欠かせない。
おそらく、今作の作曲面で見られる類稀なカオスティックな創造性は、AIの利用によってインスパイアされたところがあるのだろう。

モヒニ・デイは2025年9月に音楽制作に生成AI音楽ツール「Suno」を活用していることを公言し、賛否両論を巻き起こした。これについて、AIを“脅威”だと捉える人間は「セッションミュージシャンの仕事を奪う可能性があるAIの宣伝に加担している」「人間の創造性が無意味化される」といった批判を寄せたが、彼女はAIを自身の創造性に取って代わるものではなく、あくまでも補助的に新しい方向性を探るためのアシスタント・ツールと位置づけ反論した。かつてのドラムマシンはドラマーの仕事を奪わなかったし、ボーカロイドも歌手の仕事を奪うに至っていないのに、何をか言わんや、だ。 彼女が言うように、「恐怖が技術の進歩を止めることはできない」のである。

そんな主張の激しいモヒニ・デイのやり方(=The Dey Way)を確立したという意味で、今作は2023年の彼女の最初のソロアルバムよりも印象深い。アルバムには20人近いミュージシャンが参加。AIも補助的に利用し作曲面での発想を拡張しつつも、今作の全てのトラックは生身の人間による生演奏で録音されている。

各楽曲には前述のゲルゴー・ボルライを始め、世界中から一流のミュージシャンをフィーチュアリング・アーティストとして招聘。
やはりモヒニ・デイ自身のベースと最も相性が良いのは同じ“リズム・セクション”とされるドラマーなのだろう、楽曲ごとにフィーチュアされた名前はほとんどがドラマーで、イタリア出身のマルコ・チリリャーノ(Marco Cirigliano)、オーストラリア出身のエリック・ムーア(Eric Moore)、 カナダ出身のラーネル・ルイス(Larnell Lewis)、イスラエル出身のロニ・カスピ(Roni Kaspi)、アメリカ合衆国出身のデニス・チェンバース(Dennis Chambers)といった技巧派の名前が際立つ。それぞれのドラミングの音色やプレイ・フィーリングの違いを楽曲ごとに楽しむのも、また人間同士のセッションならではの醍醐味だ(それは一通りモヒニ・デイのベースに打ちのめされてからでも遅くはない)。

ドラマー以外で(モヒニ・デイに次いで)目立っているのは、(2)「Xtroverted Soul」を歌う米国出身のウィロー・スミス(Willow Smith)と、同曲で激しいギターソロを披露する英国出身のジャック・ガーディナー(Jack Gardiner)。さらには、(7)「Uncle Dennis」で圧巻のソロを聴かせ、(8)「DAD」でモヒニ・デイと親密なデュオ築くインドの若きギタリスト、リズム・ショウ(Rhythm Shaw)。こうした素晴らしい音楽家たちの演奏を聴くと、人間が感動するほどのアートを生み出せるのは(少なくとも今のところは)人間自身なのだと確信できる。

(7)「Uncle Dennis」ではデニス・チェンバースがドラムスを叩き、リズム・ショウがギターを弾く

Mohini Dey プロフィール

モヒニ・デイは1996年、インド・ベンガル州都コルカタ生まれ。父親のスジョイ・デイ(Sujoy Dey)はジャズ・フュージョン系のベーシスト、母親ロミア・デイ(Romia Dey)は古典音楽の歌手という家庭に生まれ育ち、妹のエサニ・デイ(Esani Dey)もギタリストとして活躍している。

モヒニが生まれた頃、父親はセッション・ミュージシャンとして活動していたが生計を立てることに苦労していた。モヒニが3歳のとき、父親は彼女の音楽的才能に気づきそれを育て始めた。彼女が最初のフェンダー・ジャズベースを手に入れたのは、9歳か10歳のときだったという。

10歳の頃からレコーディングやステージでのパフォーマンスを始め、父親の友人の音楽家ランジット・バロット(Ranjit Barot)のアルバム『Bada Boom』(2010年)に参加。間もなくバンドのメンバーになりツアーにも帯同するようになり、2011年にはMTVアンプラグドにも出演した。バークリー音楽大学から全額奨学金も打診されたが、彼女は既に多忙だったため入学を断っている。

彼女はその圧倒的なベース演奏技術でSNSなどを通じて瞬く間に人気を獲得していき、ナラダ・マイケル・ウォルデン(Narada Michael Walden)、 ザキール・ フセイン(Zakir Hussain)、A.R.ラフマーン(A.R. Rahman)、マイク・スターン(Mike Stern)、スティーヴ・ヴァイ(Steve Vai)、ガスリー・ゴーヴァン(Guthrie Govan)、デワ・ブジャナ(Dewa Budjana)、ニティン・ソーニー(Nitin Sawhney)、エフゲニー・ポボシー(Evgeny Pobozhiy)といった世界中の名手との共演を重ねてきた。2019年には日本のロックユニット、B’zのライブツアーにサポート・ベーシストとして参加し話題となった。

2023年に初のソロ・アルバム『Mohini Dey』をリリース。2026年に第2作目となる『The Dey Way』をリリースしている。

Mohini Dey – bass, vocal
Gergo Borlai – drums (1, 2)
Bumblefoot – guitar (1)
Jonathan Mones – saxophone (1, 2, 3, 4, 6)
Daniel Szebenyi – keyboards (1, 2, 3, 4)
Kash Iyengar – keyboards (1)
Willow Smith – vocals (2)
Jack Gardiner – guitar (2)
Button Masher – keyboards (2)
Marco Cirigliano – drums (3)
Emmaneul Echem – trumpet (3, 4)
Mike Gotthard – guitar (3)
Shahar Amdor – saxophone (3)
Eric Moore – drums (4)
Larnell Lewis – drums (5)
Kash Iyengar – keyboards (5, 6)
Roni Kaspi – drums (6)
Dennis Chambers – drums (7)
Rhythm Shaw – guitar (7, 8)

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