Amsterdam Klezmer Band 『Diaspora』
30年におよぶバンドの歴史の中で、クレズマーを揺るがない根幹に据えつつジャズ、スカ、マヌーシュスウィング、果てはヒップホップやエレクトロニカなどを融合しながら様々な表現を試みてきたアムステルダム・クレズマー・バンド(Amsterdam Klezmer Band, 通称:AKB)は、2026年の新譜『Diaspora』で、彼らの“根”である完全アコースティックなクレズマーに立ち戻ってきた。
シンプルながら、血湧き肉躍る生命力に満ち溢れた演奏はほぼ全曲が小細工なしの一発録音。妖しく畝るクラリネットに、魂をその息に乗せるトランペットやサックス。まるでストリートで演奏しているかのような妙な親しみを感じさせるドラムスやパーカッション。今作はどこを切り取っても、彼らの源泉たるクレズマーの汗と涙に塗れた熱狂へと引き摺り込む。
アルバムタイトルのディアスポラ(Diaspora)とは、本来は古代からのユダヤ人が故郷を離れ世界各地に離散したことに由来する言葉であり、クレズマーを生み出した東欧系ユダヤ人(アシュケナジム)の文化とも密接に関わる言葉だが、今作は単にそうした歴史的背景をテーマ化しただけでなく、クレズマーがさまざまな土地で吸収してきた音楽文化そのものを表現している。それを裏付けるように、今作の音楽にはバルカン半島の力強いチョチェク1や、ルーマニアやトルコのリズムが自然と息づく。クレズマーとは本来、常に他文化との交流によって生き続けてきた音楽なのだ。
ドラムスのみの伴奏と、ラップが異彩を放つ(11)「Badchen Rap」は、その名の通りバドヘン(東欧のアシュケナジ系ユダヤ人社会における伝統的な結婚式の司会者、芸人、道化師)の喋りを模したもの。
Amsterdam Klezmer Band プロフィール
アムステルダム・クレズマー・バンド(AKB)は、1996年にオランダ・アムステルダムで結成されたクレズマー・バンド。ユダヤ系移民の伝統音楽であるクレズマーを核としながら、バルカン音楽、ジャズ、スカ、ロマ音楽、中東音楽、ヒップホップなどを自在に取り込み、現代的なワールド・ミュージックへと昇華してきたヨーロッパ屈指のグループだ。
結成当初はアムステルダムの路上で演奏するストリート・バンドとして活動を開始。街角やパブで鍛え上げられた圧倒的なライブ・パフォーマンスは口コミで評判を呼び、やがてヨーロッパ各地のフェスティバルやコンサートホールへと活動の場を広げた。これまでにNorth Sea Jazz Festival、Sziget Festival、Lowlandsなどの大型フェスティヴァルをはじめ、アムステルダム・コンセルトヘボウ、ウィーン・コンツェルトハウス、パリのシテ・ドゥ・ラ・ミュジックなど数々の名門ホールに出演し、世界各国で精力的なツアーを続けている。
AKBの魅力は、伝統を守ることではなく、伝統を「生きた音楽」として更新し続ける姿勢にある。哀愁を帯びたクレズマーの旋律と、ダンサブルなバルカン・ビート、ジャズの即興性、ラップやエレクトロニクスまでを自然に融合させた独自のサウンドは、「クレズマーは常に他文化との交流によって発展してきた音楽である」という彼らの思想を体現。その革新性は世界中のミュージシャンにも影響を与え、南米などではAKBの楽曲を演奏するバンドも現れている。
30年近い活動のなかで19枚のアルバムを発表し、ハンガリーのSöndörgő、アルジェリア出身のRachid Taha、フランスのEnrico Macias、オランダのAmsterdam Andalusian Orchestraなど、多彩なアーティストとの共演も重ねてきた。また、映画『Le Chat du Rabbin(ラビの猫)』や自然ドキュメンタリー『De Wilde Stad』の音楽も手がけるなど、その活動はコンサートの枠を超えて広がっている。
近年は演奏活動だけでなく、2023年にAmsterdam Klezmer Academyを設立し、クレズマーやバルカン音楽の演奏法を学べる教材やオンラインレッスンを公開。伝統の継承と次世代への教育にも力を注いでいる。2026年発表の『Diaspora』では、ほぼ一発録音によるアコースティックな演奏でクレズマーの原点に立ち返りながら、ルーマニアやトルコのリズム、ジャズの即興性を取り入れ、「伝統は変化し続けることで生き続ける」というAKBの哲学を改めて鮮やかに提示した。
Janfie van Strien – clarinet
Gijs Levelt – trumpet
Job Chajes – alto saxophone, vocals
Joop van der Linden – trombone
Ellen van Vliet – accordion
Jasper de Beer – double bass, guitar banjo
Mischa Porte – drums, percussion
- チョチェク(čoček)…バルカン半島のロマ(ジプシー)民族により、19世紀頃興った音楽のジャンルおよびダンス。 ↩︎