豪サックス奏者ジュシュア・モシェ、自らのルーツ・ユダヤ文化に根差した現代ジャズ注目作『Art Don’t Lie』

Joshua Moshe - Art Don't Lie

サックス奏者ジョシュア・モシェがルーツを見つめ、昇華させた新譜

オーストラリア・メルボルンを拠点に活動する気鋭サックス奏者/作曲家ジョシュア・モシェ(Joshua Moshe)が、彼の個人的なルーツやアート観を丁寧に込めた新譜『Art Don’t Lie』をリリースした。8人編成のバンドを基本とした彼らの演奏は、一聴して分かるとおり、その音楽性はオーストラリアのジャズ・ミュージシャンとは思えない異彩を放つ。

ジョシュア・モシェは南アフリカで生まれ、ニュージーランドで育った。そして、そのルーツには“ユダヤ文化”があるという。両親の出身地など詳細は明言されていないようだが、今作で強く表出しているのは中東地域の伝統的な音楽の断片だ。バンドにはウード奏者がおり、旋律も中東のそれを感じさせる楽曲が多い。例えば(2)「Binah」は象徴的で、タイトルもヘブライ語(בינה)で“理解”や“洞察”を意味し、カバラ1(ユダヤ神秘思想)の「生命の樹2」では“第三のセフィラ3”である。これは智慧から生まれたひらめきを深く理解し、形あるものへと育む働きを象徴する概念とされ、今作のテーマを感じる上でも重要なポイントだ。

(2)「Binah」

つづく(3)「Vessel」は、特にイントロ部分でクレズマー音楽からの強い影響を窺わせる。その後は推進力のある中東の伝統的なリズムと、洗練された現代ジャズが見事に融合した演奏が繰り広げられ、この曲のみでゲスト参加するイスラエル出身のシンガー、シラ・エツィオン(Shira Etzion)のスピリチュアルなヴォーカルもその神秘性で重要な役割を担う。「Vessel」(=器、媒体)というタイトルもまた、自身のルーツや伝統を受け継ぎ、未来へと運ぶ存在としての人間を暗示しているように思われる。

アルバム全体を通して、圧倒的な存在感を示すのがニュージーランド出身ドラマーのマイエレ・マンザンザ(Myele Manzanza)だ。今作の中では世界的にも最も名の知られたミュージシャンである彼は、ルーツに根差した伝統を追うのではなく、それを現代に伝えアップデートしようとするこのバンドの最もたる音楽的な立役者となっている。特に(4)「Salt Plains」で見られるヒップホップを経由した現代的なプレイなどは、いかにその楽曲の和声や旋律などの作曲が“伝統的”であろうと、一気にその時代性を未来志向のものへと変貌させる力を持つ。下に載せる(7)「Fig Leaves」のライヴ動画を観ても、マイエレ・マンザンザの創造的なプレイがバンド全体を引き締め、引っ張っていることに疑いの余地はない。

(7)「Fig Leaves」のライヴ動画

Joshua Moshe プロフィール

ジョシュア・モシェは、オーストラリア・メルボルンを拠点に活動するサックス奏者/作曲家/教育者。南アフリカに生まれ、幼少期から青年期にかけて約10年間をニュージーランドで過ごした後、音楽を学ぶためメルボルンへ渡った。異なる土地や文化を横断してきた自身の歩みは、現在の音楽にも色濃く反映されており、ジャズを軸にしながらも、ヒップホップやエレクトロニカ、さらにはユダヤ音楽の伝統までを自然に融合させた独自の表現で高い評価を得ている。

彼の作品は異なるジャンルの要素を表面的に取り入れるクロスオーバーとは一線を画す。即興演奏の自由さを核に据えながら、現代的なビート感覚や電子音響、そして自身の文化的ルーツであるユダヤ音楽を有機的に結び付けることで、歴史と現代性、伝統と革新が共存するサウンドを築き上げている。その創作姿勢は「系譜(lineage)」「移住(migration)」「伝統(tradition)」といったテーマへの深い関心にも支えられている。

2020年から2022年までは「JK GROUP」名義で活動し、アルバム『The Young Ones』やEP『Rising』を発表。2023年には自身の名義による初のフル・アルバム『Inner Search』をリリースした。同作は、化学療法を終えてからわずか半年後に録音された作品であり、モーダル・ジャズやブレイクビーツ、アフロ・キューバン、スピリチュアル・ジャズなどを横断する意欲作として注目を集め、オーストラリアン・ミュージック・プライズ(Australian Music Prize)にもノミネートされた。

その実績も華々しく、2019年にはPBS Young Elder of Jazz Awardを受賞。さらに2023年には『Inner Search』でMusic Victoria Awardsの「Best Jazz Release」を受賞し、同年には「Best Musician」にもノミネートされるなど、オーストラリアの新世代ジャズを代表する存在として広く認知されている。また、ジョーダン・ラカイ(Jordan Rakei)、マイエレ・マンザンザ(Myele Manzanza)、ジェローム・ファラー(Jerome Farah)、ドン・グローリ(Don Glori)ら多彩なアーティストとの共演歴も持ち、演奏家としても高い信頼を集める。

2026年には、約3年をかけて制作したアルバム『Art Don’t Lie』を発表。8人編成のアンサンブルを軸に、エレクトロニクスやウード、クラリネット、ヴォーカルなども取り入れながら、ユダヤ音楽の伝統と現代ジャズを結び付けた野心的な作品として新たな境地を示している。

Joshua Moshe – alto, soprano & tenor saxophones, B♭ clarinet, bass clarinet, live effects, Mellotron
Ken Allars – trumpet
Gideon Preiss – grand piano (1, 2, 3, 4, 6, 7), Juno Synthesizers (8)
Lewis Moody – Fender Rhodes, Prophet & Juno Synthesizers (2 – 8)
Simon Starr – electric bass (2, 3, 7, 8)
Angus Radley – electric bass (4, 6), double bass (5)
Myele Manzanza – drums
Yohai Cohen – oud, tof miriam (riq), tambourine, darbuka, qaraqab, bells, vocals (1, 2, 3, 6, 7, 8)
Shira Etzion – vocals (3)

  1. カバラ(Kabbala)…宇宙や神、人間の本質を象徴や数秘、生命の樹などを通して探究するユダヤ教の神秘思想。 ↩︎
  2. 生命の樹(Tree of Life)…旧約聖書の『創世記』に登場する聖なる木。カバラにおいて、神・宇宙・人間の関係や創造のプロセスを図式化した象徴体系。 ↩︎
  3. セフィラ(Sefirah)…生命の樹を構成する10の象徴的な要素で、神の属性や世界の働きを表す概念。 ↩︎

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