フランス南部オクシタニア地方の都市トゥールーズを拠点に活動する女性デュオ、コカーニャ(Cocanha)の3枚目となるアルバム『Flame Folclòre』には、長いあいだ周縁へと追いやられてきた言語と文化を現代へ取り戻そうとする強い意志が込められている。アルバムタイトルを直訳すれば「燃えるフォークロア」。彼女たちにとってフォークロア(伝統文化)とは、観光パンフレットの装飾でも、懐古趣味の対象でもない。Cocanhaの二人は本作を通じて、フォークロアを現在を生きるための文化的実践として再定義しようとしている。
オック語で歌われる抵抗の歌
Cocanhaが、本作のジャケットの二人の頭上にも描かれた象徴的な楽器、弦付きタンブリン1(tambourins à cordes)で奏でる力強いリズムに乗せて歌うのはフランス語ではなく、オック語2(Occitan/オクシタン語)だ。
オック語とはフランス南部を中心に、スペイン北東部やイタリアの一部にも広がるロマンス語系の言語だ。中世にはヨーロッパを代表する文学言語のひとつであり、吟遊詩人(トルバドゥール)たちが愛と詩を歌った言葉として知られており、オック語文学はヨーロッパ各地の俗語文学にも大きな影響を与えた。
ところが近代以降、フランス国家の中央集権化が進む中で状況は大きく変わる。
「一つの国家には一つの言語」という理念のもと、フランス語以外の地域言語は「パトワ(田舎訛り)」と見なされ、教育や行政の場から排除されていった。特に19世紀後半から20世紀にかけては、学校でオック語を話した子どもが罰を受けることも珍しくなかったと伝えられている。
この過程はオック語で「Vergonha(ヴェルゴーニャ=恥)」と呼ばれている。
つまり、政治的な意図をもった「自分たちの母語を恥ずかしいものと思い込まされる」教育によって、多くの親たちは子どもに苦労をさせまいとオック語を教えなくなり、結果として話者数は急速に減少した。現在では流暢な話者の多くが高齢者だとされる。
「保存」ではなく「再生」
こうした歴史的背景を知るにつけ、Cocanhaがなぜフォークロアを政治的なものとして捉えるのかが見えてくる。
Bandcampに掲載されている『Flame Folclòre』の解説には、“フォークロアは装飾でも郷愁でもない”という趣旨の言葉が掲げられている。彼女たちは古い民謡をそのまま再現するのではなく、断片的に残された旋律や物語を素材として再構築する。伝統歌に新しい歌詞を書き加え、時には大胆に改変しながら、「いまを生きるオック語の歌」へと生まれ変わらせている。
これは文化財の保存作業ではない。むしろ失われつつある文化を、現代社会の中で再び機能させる試みと言った方が近いだろう。
声とリズムを中心とした圧倒的な推進力
サウンド面も実に独特だ。
Cocanhaの音楽は、女性二声によるポリフォニーと、ピレネー地方に伝わる弦付きタンブリンを中心に構築されている。さらに手拍子や足踏みが加わることで、ミニマルながら驚くほど強力なグルーヴを生み出している。オック語が政治的な理由でフランス語の方言として位置づけられていながら、実際にはカタルーニャ語などに近しいと言われるように、その音楽もフランスよりむしろスペインの文化に近しい印象を受ける。反復するリズムと、掛け合いのような歌唱が、聴き手を次第にトランス的な高揚へ導いていく。
アルバム全体を通して感じられるのは、「鑑賞する音楽」よりも「身体を動かすための音楽」という感覚だ。実際、Cocanha自身もダンスを重要な機能として位置づけている。
本作はCocanhaにとっても重要な転換点となった。
これまでの作品では伝統曲の再解釈が中心だったが、『Flame Folclòre』ではオリジナル楽曲の比重が大きく増している。タイトル曲(10)「Flame Folclòre」は、デュオを構成するカロリーヌ・デュフォ(Caroline Dufau)とリラ・フレス(Lila Fraysse)によるオリジナル作品として発表されており、彼女たちの創作活動が新たな段階に入ったことを示している。
また制作面でも、ロザリア(Rosalía)、シルビア・ペレス・クルス(Sílvia Pérez Cruz)らとの仕事で知られるスペインの名プロデューサーとして知られるラウル・レフリー(Raül Refree)をはじめ、多くのミュージシャンやエンジニアが参加。アルバム全体が共同体的な創作プロジェクトとして形作られている。
今作は、オクシタニア地方の伝統文化を博物館へ収めるのではなく、現在へ引き戻す貴重な試みだ。彼女たちはそのために古い歌を書き換え、新しい歌を書き、踊り、声を重ねる。世界中で少数言語や地域文化が均質化の波にさらされる現代において、こうした作品にはもっと光が当てられてほしいと切に願う。