南アフリカのSSW、Jabulile Majola の大傑作アフロフォーク『Ipasi』
南アフリカのシンガーソングライター、ジャブリレ・マジョラ(Jabulile Majola)が、ソロとしての初アルバム『Ipasi』をリリースした。穏やかなアコースティック・ギターと歌を軸に、ピアノや弦楽器、金管、パーカッションなどをさりげないアレンジで加えた全11曲。2025年のEP『Isitifiketi』で聴かせたアフロ・フォークを引き継ぎながら、曲によって編成を大きく変え、前作よりも幅のあるサウンドに仕上げている。吸着音が特徴的なズールー語の歌詞の内容を理解することは難しいが、孤児として育ち、アイデンディティを探求するジャブリレ・マジョラという人間の心の豊かさが剥き出しのまま伝わってくる、素晴らしい作品だ。
前作のEPと今作のアルバム、このふたつの作品につけられたタイトルには連続性がある。
「Isitifiketi」はcertificateに由来し、出生証明書などの「証明書」を意味する言葉。今回の「Ipasi」は「身分証明書(ID document)」を意味する。これはどちらもジャブリレ・マジョラ自身の生い立ちと深く関係しているのだ。
南アフリカ東南部のクワズール・ナタール州で生まれたジャブリレ・マジョラは、幼少期をキリスト教系の児童養護施設で過ごし、その後は牧師の家庭に養子として迎えられて育った。彼は自分が孤児であることを知ったことをきっかけに、「自分は何者なのか」と考えるようになったという。現在アーティスト名として使っている「Jabulile」は、実母について彼が知る数少ない情報(=姓)のひとつでもある。
EP『Isitifiketi』でそうした自らの出自を辿った彼が今作『Ipasi』で扱うのは、そこから時間を重ねてきた現在の自分だ。
マジョラはこの作品について、生きているものは成長し、成長するものは変化すると語っている。家族ができ、仕事を得たり失ったりし、誰かを愛する。信仰との向き合い方も、暮らす土地や周囲の人々との関係も変わっていく。『Ipasi』には、そうした経験によって少しずつ形を変えていく人間のアイデンティティが記録されている。
そのテーマと直接結びついているのが、女性歌手タンド・ジデ(Thando Zide)を迎えた(2)「Ubukho Bakhe」だ。チェロとヴァイオリン、ピアノが歌を包むこの曲では、誰かと人生をともにすることや、父親になることで生まれた新たな感覚が歌われている。
個人的なテーマを社会にまで広げる、象徴的な楽曲「Mandla」
続く(3)「Mandla」では、失業したひとりの男性の物語を描く。
マンドラ(Mandla)と呼ばれる“彼”は仕事を失い、金もない。努力も報われない。それでも、家族のために食卓へパンを置こうとしている。「Mandla」という名前には「strength(強さ)」という意味があり、それはまさに苦境の中にあっても彼が持ち続けなければならないものを象徴する。この曲についてジャブリレ・マジョラは、“失業している”という理由だけで人間の価値を判断してはいけないのだと説明している。
素朴なエレクトリック・ギターに導かれる曲だが、中間部ではトランペット、トロンボーン、フリューゲルホルンとパーカッションが加わり、アルバムのなかでも特に躍動感のあるアンサンブルが展開される。深刻な状況に置かれたマンドラという男を描きながら、音楽には活気があり、周囲の人々が彼を励ますように声と楽器が重なっていく様は、コミュニティが苦境にいる一人の人間を、踊りながら希望のなかへと戻していくような物語を見事に描き出す。
個人的な出自から始まった『Ipasi』のアイデンティティという主題が、この曲では仕事や経済状況と人間の尊厳という問題にまで広がっているのだ。
アフロ・フォークの機微を捉えた編成
(4)「Hope」はアルバムで唯一、英語で歌われる曲だ。前曲「Mandla」からの流れで、唯一英語で、しかもマジョラの歌とアコースティック・ギター、ロス・ドーキン(Ross Dorkin)のベースのみという最小限の編成で「希望」について歌うこの曲はアルバムの中のひとつの区切りとして素晴らしく機能している。
実際、今作は曲によって編成の規模がかなり異なる。(8)「Uze Wazi」ではエレクトリック・ギター、ベース、キーボードに加えて、トランペット、トロンボーン、フリューゲルホルンを導入。(7)「S’bani Sami」はマジョラひとりの歌とアコースティック・ギターだけで演奏される。ラストの(11)「Ububele Bakho (Nala)」も、歌とギター、ピアノだけの小編成だ。前作『Isitifiketi』から引き継いだ声とアコースティック・ギターを中心に置きつつ、必要に応じて弦や金管、鍵盤、パーカッションを加える手法によって、マジョラは自身のアフロ・フォークを自然なかたちで広げているのが印象的だ。
現在のスタイルに至るまで、マジョラはさまざまな音楽を経験してきた。もともとはPro KidやZola 7、Eminemらに影響を受け、長くラッパーとして活動していたという。その後はオルタナティヴ、アフロ・テック、ハウスなどにも取り組み、20代半ばになってフォークを中心とした現在のスタイルへ移行した。
『Ipasi』で聴かれるアコースティックなサウンドは、そうした試行錯誤を経て辿り着いたものでもある。今作ではそこに新たな楽器や演奏者を迎え、楽曲ごとに異なる編成を組むことで表現の幅を広げた。共同プロデューサーのロス・ドーキンも、ギター、ベース、ピアノ、キーボード、パーカッションなどを曲ごとに持ち替え、アルバム全体の音作りを支えている。
マジョラ自身の人生と特に密接なのが(6)「Baba Wethu」だ。「我らの父」を意味するタイトルを持つこの曲では、人生がうまくいかなくなったときの神への問いが歌われている。「物事が崩れてしまうとき、あなたはどこにいるのか」という言葉には、信仰を持ちながら生きる人間の率直な疑問が表れている。児童養護施設で幼少期を過ごし、その後牧師の家庭で育ったマジョラにとって、信仰は幼い頃から身近にあった。この曲では神への問いから、予期しない出来事が起こる人生を受け入れて前へ進むところまでが歌われる。チェロとヴァイオリンを交えた演奏には、行進するような一定の脈動が通っている。
アイデンティティは書類の上のものではない
私自身、最初は素朴さを感じさせるサウンドに乗るあまりに美しい歌やコーラスに強く魅了され、このアルバムに惹き込まれていった。そして、こうやって彼の生い立ちや各楽曲について調べるうち、「Ipasi = 身分証明書」というタイトルが意味することに想いを馳せるようになっていった。
出生時には、名前や生まれた場所が書類に記録される。
そこから先の人生では、誰と出会い、誰を愛し、何を失い、どこで暮らし、何を信じてきたのか、そうしたひとつひとつの経験もまた、その人が何者であるかを少しずつ形づくっていく。
『Isitifiketi』(出生証明書)で自身の出生と出自を辿ったマジョラは、今作『Ipasi』でその先の時間、つまり自分自身の経験から書かれた“身分証明書”を歌っている。
「自分は何者なのか」──孤児として育った彼が幼い頃から抱えてきたこの問いは、今も彼の音楽のなかにある。自身が父親になったこと、そして愛する人の存在や仕事を失った人への眼差し、幼い頃から身近にあった信仰、そして自分が生きる場所。この作品に収められているのは、ジャブリレ・マジョラがこれまで生きてきた時間のなかで出会い、自分の一部としてきたものなのだ。
Jabulile Majola – vocals, acoustic guitar, background vocals, percussion
Ross Dorkin – electric guitar (1, 5), guitar (2), bass guitar (1, 4, 5, 6), keyboards (1, 8, 10), piano (2, 11), percussion (5), ensemble / choir (10)
Akeedah Keet – vocals, background vocals (1)
Thami James – vocals, background vocals (1)
Thandokazi Phanyaphanya (Thando Zide) – vocals (2, 10)
Katt Newlon – cello (2, 6)
Charlotte Schnurr – violin (2, 6)
Greg Abrahams – electric guitar (3, 8), bass guitar (8), keyboards (8)
Jack Birchwood – flugelhorn, trombone, trumpet (3, 8)
Lilivan Gangen – percussion (3, 5)
Lia Butler – vocals (8)
Lonwabo Diba-Mafani – piano (10)