マルチ奏者ユーリ・ヴィラール、ソロ第2作『A Maré』
イチベレ・ズヴァルギ(Itiberê Zwarg)率いるグループでの活躍で知られるブラジル・リオデジャネイロのサックス奏者/マルチ奏者/作曲家、ユーリ・ヴィラール(Yuri Villar)が、ソロとしては第2作目となるアルバム『A Maré』をリリースした。各種サックスやフルートの他、パーカッション、ギター(ヴィオラォン)、鍵盤楽器など多様な楽器を自身で操りながら、アルバム全体では30名を超えるゲストも参加。ブラジルらしい豊穣な音楽の文脈に根差した素晴らしい作品となっている。
アルバム名の「maré」は、ポルトガル語で「潮」を意味する。ヴィラール自身の説明によれば、本作の背景には10年間続いた彼自身の結婚生活の終わりがあり、その時期に経験した感情の変化が作曲へと結びついていったという。潮が満ちては引くように、人生にもまた上昇と下降があり、それらは互いに切り離すことができないという想いがタイトルに表れている。
それと同時に「A Maré」という言葉には、「Amar é(愛することは…)」というもうひとつの読みも重ねられている。ヴィラールにとって、その先に続くひとつの答えが、音楽をつくり表現することだったのだろう。
全9曲の大半はインストゥルメンタルで、音楽的には複雑だが、感性的には素直かつ豊かさを感じさせるリズム、ハーモニー、メロディによって彩られている。彼自身、エグベルト・ジスモンチ(Egberto Gismonti)、エルメート・パスコアール(Hermeto Pascoal)、クルービ・ダ・エスキーナ(Clube da Esquina)からの影響を挙げているが、さらにジャズ、ロック、サイケデリアなどの要素が自然と混ざり合い、現行のリオ〜ミナスジェライス周辺のシーンとも呼応している。
編成も曲ごとに大きく異なり、(2)「A Maré」ではサックス、フルート、ピアノ、ベース、ドラム、パーカッションに、ヴァイオリン、チェロ、ヴィブラフォンを加えた室内楽的なアンサンブルを構成するが、(3)「De Repente ”blue”」や(5)「Renascimento」ではドラムスやベースを置かず、複数のギターと声を中心とした小編成へと切り替えるなど練り込まれている。
(3)「De Repente ”blue”」には、現代ブラジルの器楽音楽を代表するクラリネット奏者のひとり、ジョアナ・ケイロス(Joana Queiroz)がバスクラリネットで参加。マジュ・ヌネス(Maju Nunes)のヴォーカルと3本のギター、そこに低く柔らかなバスクラリネットが加わり、アルバムの中でも特徴的な編成となっている。
中盤の(5)「Renascimento」は、アルバムの背景を知るうえでも重要な曲だ。「再生」(音楽家ミルトン・ナシメントや、サッカーの神様ペレの姓でもある”nascimento”は、”誕生”や”出生”を意味するポルトガル語である)を意味するタイトルを持ち、ダニエル・バジリオ(Daniel Basílio)との共作による歌詞を、ラウラ・ヂ・カストロ(Laura de Castro)が歌う。ユーリ・ヴィラールはこの曲について、困難な時期を経て自分自身と再び向き合い、新たな段階へ進んでいく転換点として説明している。
後半の(7)「Sorriso do Chico」では一転して、ピアノ・トリオとヴィラールのソプラノサックスに大人数のコーラスを重ねる。(8)「Nina」はベス・ダウ(Beth Dau)の声、パブロ・アルーダ(Pablo Arruda)のアコースティック・ベース、そしてユーリ・ヴィラールのピアノとパーカッションだけという簡素な編成。そして最後の(9)「Casa」では再び複数の声を迎え、アルバムを閉じる。
近年のブラジルのジャズや器楽音楽には、MPB、現代音楽、ロック、エレクトロニクスなどを特別に区別することなく取り込む作品が少なくない。『A Maré』もその流れの中で聴くことができるだろう。ただし、本作をまとめているのはジャンルの多様さそのものではない。
結婚生活の終わりから「Renascimento=再生」を経て、「Casa=家」へと至る9曲。その間を行き来する編成や音色、そして一貫して中心に置かれたメロディーが、タイトルに示された「潮」のように作品全体を緩やかにつないでいる。
Yuri Villar プロフィール
ユーリ・ヴィラールは、ブラジル・リオデジャネイロを拠点に活動するマルチ奏者/作曲家/アレンジャー/音楽プロデューサー。8歳でヴァイオリンを始め、ピアノを経て15歳頃からサックスを学ぶ。リオデジャネイロ連邦大学(UFRJ)でサックスを専攻し、在学中には同大学のビッグバンド、UFRJazz Ensembleでも活動した。
2003年から2010年まで、エルメート・パスコアール(Hermeto Pascoal)の長年の盟友として知られるベーシスト、イチベレ・ズヴァルギ(Itiberê Zwarg)率いるItiberê Orquestra Famíliaに参加。『Calendário do Som』(2005年)などの録音に参加し、ブラジル国内および南米各地で演奏経験を積んだ。その後もÁgua Viva、Bondesom、Inventos、Relógio de Dalíなど複数のグループで活動する一方、ジェラルド・アゼヴェード(Geraldo Azevedo)、テレーザ・クリスチーナ(Teresa Cristina)らのサポートや、さまざまな作品のアレンジ、プロデュースにも携わっている。
映画音楽の分野でも活動し、エドゥアルド・ヌネス(Eduardo Nunes)監督の映画『Sudoeste』(2011年)の音楽を担当。長年にわたるグループ活動を経て、2019年に初のソロ・アルバム『Futuro Agora』を発表。ブラジルの器楽音楽を基盤としながら、ジャズをはじめとするさまざまな要素を取り込んだ作曲活動を続けている。
Yuri Villar – tenor saxophone (1, 2, 4, 6, 9), soprano saxophone (4, 6, 7, 9), baritone saxophone (1, 6), flute (1, 2, 6), percussion (1, 2, 6, 8), acoustic guitar (3, 5), synthesizer (6), piano (8, 9), Hammond organ (9)
Adalberto Miranda – bass (2, 4, 6, 7)
Lourenço Vasconcellos – drums (2, 4, 6, 7), vibraphone (2)
João Bittencourt – piano (2, 4, 6, 7)
Rodrigo Pacato – percussion (2, 4, 6)
André Siqueira – acoustic guitar (1, 3, 5), electric guitar (1)
André Dantas – guitar (4, 6)
Elísio Freitas – guitars (3, 5)
Pedro Paulo Jr. – flugelhorn (1), trumpet (1, 4), vocals (9), choir (7)
Jonas Hocherman – trombone (1), euphonium (1), choir (7)
André Vasconcellos – bass (1)
Bruno Gafanhoto – drums (1)
João Paulo Drummond – percussion (1)
Ayran Nicodemo – violin (2)
Pablo de Sá – cello (2)
Maju Nunes – vocals (3), choir (7)
Joana Queiroz – bass clarinet (3)
Laura de Castro – vocals (5)
Pablo Arruda – acoustic bass (8), bass (9)
Beth Dau – vocals (8)
Ilessi – vocals (9)
Adam Alesi – drums (9)
Pedro Rondom – choir (7)
Dudu Lacerda – choir (7)
Isabel Lessa – choir (7)
Felipe La Rosa Moura – choir (7)
Tamara Terra – choir (7)
Cacá Guifer – choir (7)
Roberto Kaufman – choir (7)
Marcia Medeiros – choir (7)
Flor – choir (7)
Thomas Ramos – choir (7)
Rafaela Sardinha – choir (7)
Pedro Ivo – choir (9)
Marcelo Fedrá – choir (9)