サルヴァドール・ソブラル、歌う喜びを取り戻すブラジル音楽への旅。『A Flor do Recomeço』

Salvador Sobral - A flor do recomeço

Salvador Sobral 『A Flor Do Recomeço』

2017年にユーロビジョン・ソング・コンテストで優勝し、ポルトガルに初の栄冠をもたらした歌手、サルヴァドール・ソブラル(Salvador Sobral)。ジャズを基盤に、繊細な和声感覚と独特の歌唱表現を磨いてきた彼が、ブラジル音楽への深い愛着を形にした新作『A Flor do Recomeço』をリリースした。

本作は、アドリアーナ・カルカニョット(Adriana Calcanhotto)、マルセロ・カメロ(Marcelo Camelo)、マルコス・ヴァーリ(Marcos Valle)、チン・ベルナルデス(Tim Bernardes)、シコ・セーザル(Chico César)ら、ブラジルを代表する作曲家たちの未発表曲を中心に構成された全11曲。プロデュースはマルクス・プレト(Marcus Preto)とト・ブランヂリオーニ(Tó Brandileone)が担当し、サンパウロで現地のミュージシャンたちと録音された。

生まれも育ちもポルトガルのサルヴァドール・ソブラルだが、ブラジルの音楽は彼の原体験のようなものだったようだ。彼は幼い頃から、母親の車でマリア・ベターニア(Maria Bethânia)を、父親の車でシコ・セーザルを聴いた。ブラジル音楽にごく自然に溶け込む複雑だが美しい和音や躍動するリズムは少年の心を捉え続けた。彼は今もブラジル音楽を“世界最高”だと考えており、それを“シンプルな複雑さ”と表現している。

今回の企画が動き出したのは、ブラジルでの公演を聴いたマルクス・プレトが、彼にブラジル音楽のアルバムを作るよう提案したことがきっかけだったという。当初は実現しなかったものの、創作へのインスピレーションを模索していたソブラルが、改めてそのアイディアに立ち返った。

その背景には、長期にわたるツアー生活による疲労もあった。シルビア・ペレス・クルス(Sílvia Pérez Cruz)との共作アルバムを携えてヨーロッパや中南米・日本などを回るツアーを終えた彼は、その充実した活動の一方で、移動の多い生活に疲れ、一時は音楽を続けたいのか自問するほどだったという。そうして彼は約1年間の休息を取り、家族と過ごす時間のなかで、なぜ自分が歌うことを好きになったのかを見つめ直した。幼い頃から親しんだブラジル音楽に再び向き合うことは、彼がずっと抱いてきた音楽への情熱を取り戻す契機となったのだ。

録音の舞台となったサンパウロでは、ブラジル人ミュージシャンたちが初めて聴くソブラルの歌声を手がかりに、その場でアレンジを組み立てていった。約2週間という限られた制作期間のなか、互いの反応を受け止めながら音楽を形にするプロセスは、ポルトガルで経験してきた音楽の作り方とはまた異なる体験となり、即興性を大切にする彼のジャズ的な感覚とも響き合った。

ブラジル音楽の“生き字引”ジャキス・モレレンバウムの娘であり、ブラジル音楽の近年史における最重要グループのひとつであるバーラ・デゼージョ(Bala Desejo)での活動でも知られるドラ・モレレンバウム(Dora Morelenbaum)とのデュエット(2)「Estela Cadente」や、ブラジル音楽界の伝説的カウンターテナー歌手ネイ・マトグロッソ(Ney Matogrosso)を迎えた(7)「Bam bam」など、世代や個性の異なるアーティストとの共演も聴きどころだ。ブラジル音楽の豊かな作曲文化とソブラルのしなやかな歌唱が交わることで、楽曲それぞれの表情が引き出されている。

アルバムの表題曲(3)「A flor do recomeço」は、詩人エヴェリネ・シン(Eveline Sin)の詩にシコ・セーザルが曲をつけたもの。「再出発の花」を意味するタイトルには、休息を経て再び音楽へ向かうサルヴァドール・ソブラル自身の心境も重なる。

(3)「A flor do recomeço」

ブラジル音楽への深いリスペクトを出発点に、ブラジルの偉大な音楽家たちが生み出した旋律や言葉を自分の声で解釈すること。その喜びを確かめるように歌われる本作には、早くして成功を手にした表現者と、“音楽”とのシンプルで美しい再会の姿が映し出されている。

Salvador Sobral プロフィール

サルヴァドール・ソブラルは、1989年ポルトガルのリスボン生まれの歌手/作曲家。ジャズを基盤に、ブラジル音楽やラテンアメリカの音楽、ポップスなどを独自の感性で結びつけた表現で知られる。スペインのマヨルカ島やバルセロナなどで過ごし、バルセロナの音楽学校Taller de Músicsでジャズを学んだ。

2016年、ベネズエラ出身の作曲家レオナルド・アルドレイ(Leonardo Aldrey)らと制作したデビュー・アルバム『Excuse Me』を発表。2017年には、ポルトガル代表として、姉でシンガーソングライターのルイーザ・ソブラル(Luísa Sobral)が作詞作曲した「Amar pelos dois」を歌い、ユーロビジョン・ソング・コンテストで優勝。ポルトガル初の優勝をもたらし、国際的な注目を集めた。

その後も『Paris, Lisboa』(2019年)、『bpm』(2021年)、『TIMBRE』(2023年)と作品を発表。ジャズの即興性や繊細な和声感覚を生かしながら、歌手としての解釈力と作曲家としての個性を深めてきた。2025年にはカタルーニャ出身の歌手シルビア・ペレス・クルス(Sílvia Pérez Cruz)との共作アルバム『Sílvia & Salvador』を発表し、国境や言語を越えた音楽的交流を展開している。

幼少期から親しんできたブラジル音楽も、その音楽性を形づくる重要な要素だ。2026年のアルバム『A Flor do Recomeço』では、ブラジルの作曲家による新曲を、ブラジル人ミュージシャンの演奏とともに歌唱。ジャズを出発点とする柔軟な表現力と、長年にわたるブラジル音楽への愛着を結びつけている。

関連記事

Salvador Sobral - A flor do recomeço
Follow Música Terra